蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

日蓮は何を残したかったのか

日蓮は何を残したかったのか。

前々から記事にしようと思っていながら、中々上手く文章に出来ずにいました。

 

断っておくと、私は日蓮遺文に特段詳しくありません。今はSNS含めインターネット上で日蓮遺文に関する議論・有益情報に触れることが出来ます。私より日蓮遺文に詳しい方は沢山おられます。

 

以前ならば、一部の専門家及び専門書やコア情報に触れるチャンスに恵まれた方に限定されていたコンテンツに、一般人(一般信徒)がアクセスできるようになりました。

 

インターネットが無かった時代にあっても、自らの意思で書物にあたれば知識として吸収することは出来たでしょうが、特定教団の情報遮断や教団間のエモーショナルな紛争および教団内部の猛烈な宗教活動が弊害となり、文献学的な客観的批判に耐えうる主張との接触を困難なものにしていました。

 

さて、本題です。日蓮はどのような文章を残したかという問いかけには、日蓮真筆遺文および直弟子の写本レベルまでを一応の範囲として説明できるはずです。信頼できる文章群を基に、日蓮が残したもの、日蓮の発言(書き残したこと)を追いかけることは出来ます。

 

日蓮の発言の真意となると、日蓮が意図的に嘘をついていないということ(日蓮の頭の中と書き残された書面が一致している)を前提条件にしても、推論・推測を含むことになるでしょう。

 

推論・推測を含むにしても、信頼に足る文章群からロジックを構築することは出来ます。日蓮遺文に限りませんが、残されている資料から妥当・合理的と思われる説を構築することは出来ます。

 

東洋哲学研究所の小林正博氏によると、日蓮が書き残したと言われる文章群の中で、その存在がある程度保証されているものは、だいたい60%程度だそうです。

 

http://www.totetu.org/assets/media/paper/k018_258.pdf

日蓮文書の研究(1)」 小林正博

 

その60%の中で、敢えて「1番」を決めるとしましょう。何を基準とするかがまず議論されるでしょうし、そもそも「御書」に順番をつけることに嫌悪を感じる人もいるでしょう。

 

記載内容の「重要さ」から「1番」を決めるとなると、色々と段取りが必要です。日蓮遺文は勿論、天台からそれ以前、仏教全般の知識が必要になります。仏教全般の理解だけでなく、「日蓮がどう理解していたか」を理解する必要があります。

 

特定教団にとっての「重要さ」に拘束される人もいるでしょう。もっとも、特定教団に重要とされる文章が、信頼に足る60%に入っているかは気になりますが……

 

おそらく、観心本尊抄(如来滅後五五百歳始観心本尊抄)を「1番」とするのが1つポピュラーな論調ではないかと思います(既に何人もの方が指摘していますね)。

 

私が興味深いと思ったのは「観心本尊抄送状」、観心本尊抄の送り状です。真筆は観心本尊抄とセットで中山法華寺に存在します。

 

知っている方にとっては当たり前かもしれませんが、観心本尊抄送状には以下のように記載されています。

 

「設い他見に及ぶとも三人四人坐を並べて之を読むこと勿れ」

 

3~4人で集まって読んではいけない。大勢で読み合うことを禁ずると。

 

上記、観心本尊抄送状が示すように、日蓮は文章ごとに読み手の範囲を意識し、計算していたと推測できます。

 

幕府の役人を通じて北条氏に提出された立正安国論日蓮は、立正安国論が複数の人物に読まれることを予期したでしょうし、場合よっては期待したかもしれません。

 

日蓮日蓮死後の弘教、つまり自分が死んだ後も自己の主張が継承されていくという期待or意図がなければ、観心本尊抄は、極少数の「当時の信徒」だけに読まれることを意図された文章になります。

 

日蓮日蓮死後の弘教計画(あるいはその意思・意図)があったならば、おそらく後代の人間に読まれることを主に意図していたでしょう。

 

観心本尊抄送状には以下の記述もあります。

 

「此の事日蓮身に当るの大事なり之を秘す」「仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧みず五五百歳を期して之を演説す」

 

もし日蓮が、死後の法門継承を計画・意図していなかったのならば、自らの「大事」をごく少数の人に告白し、いずれは文章ごと「大事」が消えてなくなると考えていたことになります。

 

一応の可能性として、自分の死後、信徒および自己の主張がどうなるか、深く考えていなかった可能性もあります。

 

ここでは、日蓮が死後の法門継承を計画・意図していたかどうかは検討しません。また、内容からの観心本尊抄の重要性にも触れません。私が主張したいのは、日蓮は読み手の範囲を計算していたという点です。

 

日蓮遺文、あるいは教団によっては御書と呼ばれる文章群には、日蓮の筆かどうかという真偽、信頼性の問題があります。

 

信頼性に足る文章に限定した上で、その中身を正しく理解する必要もあります。その為には、仏教全般の知識が必要になってきます。

 

そして信頼性と正しい理解という課題と共に、文章がどの程度の範囲(時間および空間的範囲)で読まれることを日蓮は想定したいたかというテーマがあると思います。

 

特定門下に当てた手紙を数百年後の人間が読むことを想定していたのか。読まれることは想定していたかもしれないが、それが教義の「大事」に肩を並べると考えていたか。信仰や宗教とは関係なく、一激励文ではなかったか。

 

日蓮が書き残しているから」と残された文章を金科玉条の如く振りますのはどうなのか。自宗あるいは自らの立場を利するために用いるのは論外として、日蓮が意図した範囲外で適応していないか。

 

信頼性のある文章群を読んで、日蓮が人間としてどう振舞っていたか、それを知ってどのように感じるか自由かと思います。

 

ただ、「何が残ったのか」ということと「何を残したかったのか」ということを区別する必要があるかと思います。