蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

約100年前の日蓮解釈が感慨深い

前回記事で少し紹介しました「日蓮主義の文化的研究」というタイトルの書籍ですが、感慨深い記述をいくつか見つけたので紹介したいと思います。

 

言葉は同じであっても(あるいは類似していても)「今(2018年)」と「当時(1921年)」では意味する内容・範囲が異なったりしますので単純比較は出来ません。切り抜いた言葉を紹介しますが、前後の文脈から比較検討する必要があるでしょう。

 

上記したように時代背景や前後の文脈を考慮した上で検討する必要があるのですが、1921年出版、約100年前の書籍であることを考えると……感慨深いです。

 

 

「宇宙生命の姿をそのままに描き顕した曼荼羅本尊」

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「題目は個体の生命が宇宙生命の中心に向かって同化の電流を通ずるその送電装置に外ならない」

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池田名誉会長は「法華経の智慧」において「大宇宙即御本尊ということであり、南無妙法蓮華経の生命は、久遠以来、大宇宙とともにあるということです」と戸田会長の本尊観を肯定的に用いています。「題目こそ宇宙の根源のリズム」とも。

 

余談ですが、宇宙生命論で日蓮法華経を解釈してはいけない理由を、私は最近になってようやく理解出来ました……。

 

 

「過去の宗教は僧侶という専門家の手によって、文化と民衆の生活とから引き離されてしまったのである」「日蓮聖人の思想のように清新の意義と力とに充ちた文化運動を、徒らに法門家の手にゆだねておくということは人生国家の損失であって」

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在家・在野研究者VS出家・専門研究者の構図は相変わらず。職業研究者であっても、日蓮で学位を取得しているとは限らない。「日蓮主義の文化的研究」の著者、星野武男は早稲田大学理工学の出身だそうです。

 

 

 「道徳でも政治でも、その個人生活集団生活を改造しようとするその改造の目的は一口に言えば平和である」

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日蓮主義者から「平和」とは非常に違和感あるが、当時(1921年)の人が述べるところの「平和」と今の「平和」とは違うのでしょう。

 

 

日蓮聖人の宗教的主張と運動の中で、世の人が一番解釈に悩んでいるところは、聖人が純宗教家としていわゆる生命の第一義の問題にばかり触れていないで、盛んに、俗の世界へ踏み込んで、社会革命家の如く又政治革命家の如き主張と運動をもっていられたことである」

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100年ほど経ちましたが未だに悩んでいます。解釈にも悩んでいますが、自称日蓮直系団体の政治運動には直接的な被害として悩んでいます。