蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

「戸田会長の悟達(神秘体験)」に対する創価学会の解釈変遷

戸田会長の悟達について。Twitterでも少し呟きましたが、「戸田会長の悟達」に対する創価学会の解釈変遷について記事にします。「悟達」を「神秘体験」と読み替えても構わないと思います。

 

先に書いておきます。創価学会や戸田会長・池田名誉会長を敬愛している方にとっては、気分を害される可能性のある内容です。それが嫌な方は読まないで下さい。

 

戸田会長は「戸田城聖先生 質問会集」の中で、自身の獄中悟達に関して以下の様に説明しています。

 

f:id:Hasunorakuin:20171103105303p:plain

 

文章を読めば分かる通り、無量義経につきあたり悩み考えた後、「仏とは生命なり」と考えが開けたそうです。これを読む限り、戸田会長の悟達の原点は無量義経です。

 

無量義経については、前回記事にしました。

 

「無量義経」にたいする創価学会の態度(グレーゾーン対応) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

戸田会長の論文である「生命論」の中においては、「ひたすらに、法華経日蓮大聖人の御書を拝読した」と御書も悟達の要素として入ってきます(恐らくですが、法華経の部分は無量義経を含んでいます)。

 

下の画像は「折伏経典(1965年版)」に収録されているものです。

 

f:id:Hasunorakuin:20171103105400p:plain

 

質問会においてはただ言及しなかっただけかもしれませんが、「生命論」の中では御書の影響に言及しています。

 

一方、1975年に出版された「革命の大河―創価学会四十五年史」においては、戸田会長の悟達(神秘体験)は2回あったと書いてあります。以下、該当画像です。

 

f:id:Hasunorakuin:20171103105818p:plain

 

挑んでいたのは法華経の白文であったが、「大聖人の御書を基礎に意味を理解していった」とあります。「生命論」の中に書いてある「ひたすらに、法華経日蓮大聖人の御書を拝読した」という記述に比べると少し弱いです。

 

2度目の悟達においては、「三大秘宝稟承事」の一節が脳裏を横切ったらしいので、法華経オンリーの着想ではなく、前述の様に「御書」が基礎にあったと言いたいのかもしれません。

 

もっとも、戸田会長が何の御書を基準にしていたか、重視していたかは分かりません。

 

「生命論」の中における戸田会長の悟達と思わしき部分は、「革命の大河―創価学会四十五年史」に記載されている1回目と2回目を統一記載していると考えられます。

 

戸田城聖先生 質問会集」においては、1回目の「仏とは生命なり」の部分のみ話題にしていると前向きに考えておきましょう。

 

同じく1975年に出版された「創価学会の理念と実践(東京大学法華経研究会 第三文明社)」の中では、以下の様に、唱題行に軸を置きながら、触れられています。また、地涌の菩薩の自覚という観点が述べられています。以下該当画像を掲載します。

f:id:Hasunorakuin:20171103105849p:plain

 
   

そして次のページ、「戸田城聖の生命論」の項目において、無量義経法華経を考え抜いた話が書いてあります。御書の話は出てきません。

f:id:Hasunorakuin:20171103112247p:plain

 

また、別ページの「生命論の視点」という項目においても、白文の法華経と格闘したことが悟達のポイントとして記述されています。

f:id:Hasunorakuin:20171103113427p:plain

 

興味深いのは、戸田会長が思い立ったことを「一閻浮提総与の御本尊の流布」とし「一閻浮提総与の大御本尊の流布」としていないことです。東京大学法華経研究会のファインプレーかもしれません。

 

全くの余談ですが、1975年の東京大学(と東京大学大学院)には、現在創価大学に在籍している、宮田幸一教授と菅野博史教授が学生・院生として在学中でした。

 

「一閻浮提総与の御本尊の流布」に関連して掲載しておくと、池田会長(当時)は1960年に出版された「戸田城聖先生 巻頭言集」の発刊の辞において、「第一に、一閻浮提総与の大御本尊を日本に流布することを誓う」と、戸田会長の宣言した誓いについて記載しています。

 

f:id:Hasunorakuin:20171103110029p:plain

 

以上、「戸田会長の悟達(神秘体験)」に関連する記述を4つの書籍から比較してみました。小説人間革命に記載がありますが、あくまで小説なので掲載しません。

 

「戸田会長の悟達(神秘体験)」に関連する記述は書籍によって結構なばらつきがあるのが分かるかと思います。恐らく、私が把握していない(所有していない)、書籍にも何らかの記載があるでしょう。

 

ところでこの「戸田会長の悟達(神秘体験)」。第一次宗創問題勃発時、考えようによっては戸田城聖(獄中時は城外)という一人の人物が、無量義経なり、法華経なり、御書なりをベースに、新しい宗教を創設したのではないか?、戸田会長は日蓮に並んだのか?等と日蓮正宗から非難されることになります。

 

創価学会は池田会長辞任後、第一次宗創問題を宗門側に詫びる為に、「特別学習会テキスト」なるものを会員に配布します。

 

f:id:Hasunorakuin:20171103114215p:plain

 

その中の「教学上の基本問題について」という章において、宗門側の質問に答える形で、過去の発言を撤回したり詫びたりしています。その先頭は、「戸田会長の悟達・創価仏法の原点」という項目です。

 

 

f:id:Hasunorakuin:20171103110109p:plain

 

 

その項目の中で、以下の文章が質問、回答されています(画像は分かり易いように該当部分だけをトリミングしてあります)。

 

f:id:Hasunorakuin:20171103121825p:plain

  

池田会長は1977年、

 

「戸田先生はあくまで、日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されながら、久遠の妙法によって法華経を読みきられたのであります。まさにあの「仏とは生命である」との悟達は、この従果向因の行き方から生まれたのであります。」

 

とある様に、戸田会長の悟達は「日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されながら」達成されたものと説明しています。紹介してきた4つの書籍とは随分と解釈を変えていたようです。最初の「戸田城聖先生 質問会集」で戸田会長自身が話している事と全く違います。

 

しかも、「日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されながら」と戸田会長の悟達が「大御本尊への唱題」から来たと講義しています。戸田会長の悟達は大御本尊がポイントだったと。

 

続いて、上記1977年の池田会長の講義に対して、宗門サイドから「何が従果向因なのかわかりません。もっと判り易く解釈して下さい」と「詰問質問」されています。

 

それに対する創価学会の「答え」は(なんだよ答えって)以下の通りです。

 

「戸田第二代会長の悟達を「従果向因」と表現したのは、法華経から大聖人の仏法に入ったのではなく、日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されて、法華経を読みきられたとの意であります。しかし、このような場合に「従果向因」の語は適当でなく誤解を生ずるので、第二代会長の自覚に関連したような形では、この語を使わないようにします。」

 

法華経から入ったのではない」としています。その上、「日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されて、法華経を読みきられた」の部分は変更していません。

 

1977年と1979年の解釈(個人の悟達、神秘体験に他人が解釈というのがそもそもおかしいのですが)では、「日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されて」と戸田会長の悟達が「大御本尊への唱題」から来たと「答え」ています。

 

1977年における池田会長の解釈、1979年における創価学会の解釈は、

 

日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されながら、久遠の妙法によって法華経を読みきられた

 

となっています。僧俗和合時代だった云々してもいいですけれど、それにしても変わり過ぎです。出世の本懐の意味を変える様な団体ですから、この程度何とも思わないのかもしれませんが。

 

さらに、僧俗和合時代だったにしても、池田会長が1977年に「戸田先生はあくまで、日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されながら、久遠の妙法によって法華経を読みきられたのであります」と講義していたのは事実です。これを無かったことにすることは出来ません。

 

で、現在はどうかと言うと、創価学会のHPによれば以下の通りです。画像と該当部分の文章を引用します。

f:id:Hasunorakuin:20171103110518p:plain

 

「獄中にあった戸田は1944年(昭和19年)の元朝から、毎日1万遍の唱題(南無妙法蓮華経と唱えること)に励み、法華経全巻を読み進めていきました。法華経を3回繰り返し読み、4回目に入ったとき、一つの壁に突き当たりました。それは法華経の序説(開経)にあたる無量義経徳行品第一の一節でした。

「其の身は有に非ず亦無に非ず 因に非ず縁に非ず自他に非ず……」と34の「非ず」が並んでいる個所です。「其の身」が仏の身を指していることは理解できましたが、34もの否定が何を表現しているのか分かりませんでした。

“この文は何を意味しているのか”

——戸田は深く悩み、唱題しては思索し抜く中、3月のある日、「仏とは生命である。自分の命にあり、また宇宙の中にもある、宇宙生命の一実体である」と直観したのです。

その後も法華経を読み続けるなかで、戸田は、仏から末法広宣流布を託された「地涌の菩薩」の一人であるとの使命を深く自覚するとともに、生涯を広宣流布に捧げる決意を定めたのです。」

 

 

驚くことに、「戸田城聖先生 質問会集」における説明に、大筋において先祖帰りしています。大御本尊は勿論、御書も出てきません。良くもまぁ恥ずかしげなく変えてきたものです。

 

因みにですが、「法華経の智慧(1995年、大白蓮華にて掲載開始)」の中で、池田名誉会長は戸田会長の悟達を以下の様に語っています。何か所か引用します。順不同です。

  

 

名誉会長: 大事なことは、私どもの原点である戸田先生の悟達が、この「獄中」でなされたという一点です。

 

名誉会長: 一言でいえば、戸田先生の悟達は、創価学会こそ日蓮大聖人の仏法の継承者であることを明らかにした、記念すべき瞬間です。今日の広布進展の原点であり、仏教史上、画期的な出来事であったと、私は確信しています。

 

名誉会長: 戸田先生の悟りの全容は、到底、語り尽くせないが、先生は法華経ゆえに投獄された。迫害に耐えて信念を貫いた。そのこと自体が法華経を身をもって読むことであり、全人格的な体験です。

 

 

解釈はコロコロ変わってきたけれど、「原点」だそうです。「戸田先生の悟りの全容は、到底、語り尽くせない」にもかかわらず、様々な解釈を時代に応じて展開してきました。そして先祖返りです。

 

途中でも言いましたが、個人の悟達・神秘体験にたいして、後世の赤の他人が勝手に解釈をつけるという行為がそもそもおかしいのですが。

 

無量義経から出発して、あらためて戸田会長の悟達(神秘体験)を調べてみようと思ったが、こんなにバリエーションに富んでいるとは思わなかったです。