蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

池田名誉会長の大御本尊観(2002年以降)

2002年(前回の教義会則変更)以降の、池田名誉会長の大御本尊観について記述します(考察・解釈の提示であって、私自身の信仰観を主張している訳ではありません)。

 

以前にも少しだけ触れましたが、大御本尊(と日蓮の出世の本懐)について池田名誉会長が直接言及した最新の文献は、私が確認した限り「御書の世界」です。

 

「御書の世界」は、2002年の教義会則変更に呼応して大白蓮華上で連載された対談集です。

 

日蓮の生涯と日蓮遺文(御書)について、2002年の教義会則変更に適合した説明・解釈が対談形式で掲載されています。

 

参加者は、池田名誉会長、斎藤教学部長(当時)、森中副教学部長(現教学部長)の三名です。

 

書籍化された「御書の世界」は全三巻ですが、三巻の後半部分で、池田名誉会長が大御本尊と日蓮の出世の本懐について言及しています。以下、引用します。

 

 

名誉会長

大聖人が「聖人御難事」を認められ、出世の本懐を遂げられることを宣言されたのが、十月一日です。法戦の全魂の指揮を執られながら、一方で大御本尊御建立の準備をしていかれたと拝せられる。

 

斎藤

広宣流布の激闘のなかで大御本尊を建立された、ということですね。

 

名誉会長

広宣流布に戦う信心強き庶民群の本格的な出現を機に、大聖人は大御本尊を建立されたのです。三年前の建治二年(一二七六年)に表された「報恩抄」に仰せのように、南無妙法蓮華経は万年の未来まで流布して末法の人々を救っていける大法である。しかし、出世の本懐である大御本尊の建立は、それを受持し奉る「不惜身命の民衆」の出現を待たれて実現されたのです。捕らえられた二十人は、信念を揺るがさずに毅然たる姿を示した。このことは、何の力も持たない民衆が、障魔の強大な圧力を信心の力で跳ね返したことを示している。民衆が、仏界の生命を顕し、生命の底力を発揮していくことこそが、広宣流布の根本方軌です。熱原の民衆の深く強い信心は、妙法五字の大光明が、虐げられた末法の人々の胸中を赫々と照らしうることを証明しているのです。

 

森中

末法衆生の「無明煩悩の闇」を払う上行菩薩の使命を継ぐ人、つまり地涌の菩薩が無限に出現することをも証明していますね。

 

名誉会長

そうです。後世の地涌の菩薩のために、広宣流布の大願をこめて顕された大御本尊です。何としても広宣流布を実現していこうという信心がなければ、大御本尊の偉大な功徳は現れるはずもありません

 

斎藤

現在、広宣流布の信心を受け継いでいるのは創価学会しかありません。三代会長の不惜身命・死身弘法の信心に連なった実践のなかにしか大御本尊の功力は現れないと確信します。

 

 

引用した名誉会長の発言内容は以下三点に要約できます。

 

  1. 大御本尊を日蓮が建立した日蓮真筆本尊として扱っている
  2. “出世の本懐である大御本尊の建立”とあるように大御本尊の建立を日蓮の出世の本懐であるとしている

  3. 広宣流布に戦う信心強き庶民群の本格的な出現”が大御本尊建立の契機となったと解釈している

 

「御書の世界」は宗門と縁が切れた後に発刊された書籍です(三巻の発刊は2005年)。上記三点を基に、当時の池田名誉会長の大御本尊へのスタンスをまとめると、

 

“大御本尊は日蓮の出世の本懐であり、日蓮真筆の本尊である。また、大御本尊建立には殉教を厭わないような強烈な信徒群(それも非特権階級の信徒群)の誕生が必要だった”

 

ということになります。

 

以前の投稿にも記載しましたが、大御本尊建立の歴史的経緯について、おそらく池田名誉会長は知っていたはずです。また、こちらも以前指摘しましたが、2002年以降、大御本尊を強調するような指導は殆どなくなりました。

 

「御書の世界」における発言にそれら事情も加味して考えると、池田名誉会長が思い描いていた大御本尊に関する出口戦略は、以下の様なものだったのではと私は推測しています。

 

  • 大御本尊の真偽問題には敢えて立ち入らない(真であることを大前提とする)
  • 大御本尊と明確には決別しない
  • 大御本尊の建立が日蓮の出世の本懐であることは否定せず、大御本尊の建立に民衆信徒の出現が必要不可欠であったこと、その後継者が創価学会であることを強調する
  • 広宣流布実現に向けた信心がなければ大御本尊の功徳は無く、創価学会が唯一の広宣流布実行団体であると宣言することで、「大石寺所有の大御本尊」という概念を無効化する
  • 大御本尊建立に至る必要条件と大御本尊が「正しく」機能するための必要条件を再評価することで、大御本尊と決別することなく、出世の本懐を変更することもなく、大石寺及び、日蓮正宗創価学会時代と距離を置く

 

往年の会員、先代の会長陣、日蓮正宗創価学会の履歴、池田名誉会長の過去の発言を考えれば、大御本尊を真偽という観点から否定することは勿論、受持の対象から外すことも、本来ならば致命的です(殆どの会員は興味を示すこともありませんでしたが……)。

 

実際、「御書の世界」の発言からは池田名誉会長が大御本尊を受持の対象外にするとは読み取れません。嘗てのように大御本尊をことさら強調する事はないにしても、将来、教団の信仰対象外に指定する“伏線”は読み取れません。

 

聖教新聞の解説によれば、「大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはしない」とのことですが、2005年の池田名誉会長の発言からは、空間的な制約によって大御本尊の価値が変わるかのような解釈は確認できません。

 

むしろ最後の斎藤教学部長の発言を考えれば、「何処の地にあろうが信心次第で大御本尊は価値を示す」というのが当時の池田名誉会長の解釈なのではないでしょうか。

 

聖教新聞の解説は、「三代会長の不惜身命・死身弘法の信心に連なった実践のなかにしか大御本尊の功力は現れないのですが、大石寺の謗法に三代会長の信心が敵わず、価値を失いました」ということになるのではないでしょうか。

 

2014年の教義会則変更が池田名誉会長の意向であった場合、池田名誉会長は2005年からわずか9年で、長年の信仰の根幹、自身が「日蓮の出世の本懐」と評価してきたものを信仰対象外に指定したことになります

 

池田名誉会長からは、「文献学的な成果から真偽問題に終止符が打たれ、教義を変更した」等の筋の通った理由は述べられていません。このままいけば池田名誉会長は、「嘘つき・変節漢・無責任」と評価されることになるでしょう。

 

創価学会は2014年の教義解釈変更を経て、長年信仰の中核としていた大御本尊を放棄し、永遠の師匠のはずの池田名誉会長の発言とも異なった解釈を示しました。大御本尊の真偽に触れずとも、日蓮正宗創価学会時代に遡らずとも、創価学会は大きな矛盾を抱えています

 

直接池田名誉会長と対談したはずの森中教学部長は、今の教義が池田名誉会長の意向であると断言できますか?もしそうであるならば、筋の通った解説をして頂きたいですね。教学部長なのですから。

 

 

補足

会則上、教義決定に関する最終責任は現役の会長、原田会長にあります。あしからず。