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蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

川崎学生部について

創価学会本部の告発本を出版した元学会職員三名つながりで、川崎学生部の話がちらほら出ているので、私がかつて、川崎学生部所属の友人から聞いた話を紹介したいと思います。

 

私がこの話(川崎周辺の事情)を聞いたのは、件の三名が表に出るよりずいぶん前の話です(2009年前後だったと記憶している)。

 

件の三名が、川崎でどのような振る舞いだったのか、それはわかりません。わたしが当時話を聞いたときは、あくまで川崎周辺の学生部組織の環境として話を聞きました。

 

なので、元学会職員三名や彼等に反論する人達が言っていることに真偽を下すことはできません。

 

 

さて、川崎の学生部組織ですが、川崎学生部には「暗黒時代」と呼ばれる時期があったそうです。川崎学生部所属の友人と話をしていた時、突然、「川崎には暗黒時代があった」と言われびっくりしました。

 

暗黒時代の具体的な時系列上の展開を聞いたわけではないですが、四者組織を巻き込んでのトラブルがあったようです。組織内組織のようなものを作った連中がいたとも聞きました(これが誰なのかはわかりません)。

 

監視小屋のような物を作った連中もいたとか(詳しい話は謎です)。監視小屋って何するの?と当時思いました。そもそも何を監視する小屋だったのか。

 

で、「暗黒時代」が終わってめでたしめでたしという訳ではなかったそうです。「暗黒時代」が終わった後も、説得や脅迫に近いようなごり押しの指導や態度があふれていたそうです。彼自身、それが嫌で一度組織活動から離れた時期があったと当時話してくれました。

 

彼が話してくれたのは、時代錯誤と言えるハードパワーの強さでした。彼曰く、

 

 

「川崎は土地柄、武闘派チックな人が多い」「折伏で本流が決まらなかった時、決着人が幹部にド突かれていた」

 

「自身の進路よりも組織の都合が優先される」「希望の進路を話したら、複数回、数時間拘束されて説得させられた」

 

「浪人生を学生部組織に連れ込み活動に参加させた(受験は失敗した)」

 

「勢い余った選挙活動が災いし、投票日当日、投票所の目の前(選管の目の前)で「いいからとにかく公明党に入れればいいんだ」と叫びながら友人を複数名連れ出してきた方がいた(内外共にお咎めなし!)」

 

「神奈川で選挙対策のトップの方(今は故人)が、川崎市の市長にたいして、「誰のおかげで市長になれたんだ!」とすごんだこともある」

 

「暗黒時代が終わった後も、強権的な行動が続いたので、また川崎の学生部がおかしくなっていると言われた」

 

 

件の三名がどういう行動をしたのか、それにたいして本部がどういう対応をしたのか。その真相は私にはわかりません。

 

ただ、問題の根っこにあるのは、閉鎖的で強権な組織体質(つまり構成員の体質)なのではないかと思いました。思想以前の問題だと思います。

 

「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」