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蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

宗創問題と石田次男(3)

宗創問題と石田次男の続きです。

 

私は宗創問題を調べている時、以下のサイトに出会い、石田次男と言う人物が果たした役割の大きさを知りました。石田次男は様々な点で、創価学会のキーマンです。

(http://www.ac.auone-net.jp/~davinci1/essay1-1.html)

 

現在、石田が執筆した書籍の一部がネット上で閲覧できます。その思想性を鑑みるに、戸田城聖の教学的な後継者は石田次男です。活動家としての後継者が池田大作です。この二人が手を取り合えなかった時点で、創価学会の迷走、衰退は決定していたように思えます。

 

両者の性格、教学へのアプローチ法を考えれば、石田と池田が上手くやれる蓋然性はかなり低いです。それでも、両者がもう少し分かり合えば、正信会という創価学会の運命を決定付ける集団の発生を避けることは出来たかもしれません。

 

あるいは、上手くいかない以上、徹底的に争って縁を切ればよかったのかもしれません。両名は反目していたでしょうが、正面から争った形跡は見られません。池田は教学で石田に勝てず、石田はノリの良さやリーダーシップと言う点で池田に勝てません。両者が本気で勝負をしても、噛み合わず、まともな勝負にはならないと思います。それでも両者が本気で争えば、それぞれが派閥の旗本になり、創価学会は分裂したでしょう。1979年を前にして、創価学会日蓮正宗と縁を切れたでしょうし、日蓮正宗サイドも都合の良い信徒だけを手に入れることが出来でしょう。もっともこの場合は、両団体共にそこまで繁栄することは無かったでしょう。

 

日蓮正宗の教義、僧俗和合、戸田城聖の意図、末端会員の気質、両人の性格・教学理解などが複雑に絡み合う当時の創価学会で、池田と石田が協力も戦争もできない状態だったのは良く分かります。現在の創価学会は、活動家としての後継者が教学的な後継者を黙殺して作り上げました。なので、教義論争をまともに出来ないのは仕方が無いことです。組織の中で教義を議論する風土を最初から殺しています。

 

私は、池田と石田が協力できていれば、お互いを補い、より良い団体が作れたと思います。創価学会日蓮正宗が破滅的な結末を迎えることも無かったと思います(いずれは分離したでしょうが)。

 

理論家石田と、活動家池田。この相反する両者の調和は、矛盾や間違いだらけの宗教団体がいかにして21世紀の現実社会に貢献出来るかというテーマの答えだと思います。理論の遊戯でもなければ、活動の奴隷でもない。観念論者の集団でもなければ、いい人の集まりでもない。筋の通った行(行動)学(学識)が揃う生きた宗教団体とは、異論がぶつかり合う場ではないか。石田次男を調べている内にそのようなことを感じました。