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蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

第一次宗創問題と山崎正友

第一次宗創問題を語る上で絶対に外すことの出来ない人物は、山崎正友です。山崎は、学会側から単独の批判書籍が出るくらい超有名人です。第一次宗創問題をよく知らない会員であっても、山崎正友のことは知っていたりします(創価学会に敵対した裏切り者として)。

 

 山崎正友は、元々創価学会の顧問弁護士でしたが、途中で創価学会に反旗を翻します(創価学会と別れる以前は、学会内での「裏の仕事」もしていました)。理由は金です。池田大作が辞任後、山崎は日蓮正宗及び創価学会内で確固たるポジションを手に入れます。ところがその矢先、日達の急死、自身が経営していた会社事業の失敗という予定外の事態が発生します(事業破綻は予見できたかもしれません)。

 

金に困った山崎は、立場を利用して創価学会を恐喝します(自身の事業補填のために金銭を要求した)。創価学会とはまるで関係の無い会社(冷凍食品関連の会社です)の事業補填を要求された創価学会は、悩んだ挙句(北条会長時代です)、最終的に山崎を恐喝犯として告訴します(何億円か山崎に提供した後です)。創価学会の内部事情を知っている山崎を排斥することはリスクの高い処置でしたが、山崎を囲い続けることの方が危険であると判断したのでしょう。

 

裁判の結果、山崎は恐喝犯として有罪判決を受けます。彼は明確に創価学会と敵対した後、当時の創価学会の主敵である正信会に身を寄せます。そして、日顕の血脈相承を詐称と批判し、日顕と敵対します。山崎正友という創価学会にとって最大級の敵は、一時期、日顕とも敵対していたのです。

 

山崎と同時期に創価学会を離反した幹部(原島崇)、脱会者の一部が正信会から日蓮正宗日顕)に変節したことで、学会員の多くは日蓮正宗が一貫して創価学会の主敵であると錯覚しています。1980年代前半の情勢は、創価学会日蓮正宗VS正信会+脱会者です。この構図に、顕正会、他宗、政治勢力、マスコミ、宗教ゴロが入り乱れたカオスな状況です。その上、途中で立場を変える方もそれなりにいます。それぞれの組織内での派閥抗争もあります。今もって正確な立ち位置を把握するのは困難です。

 

山崎は、第一次宗創問題時、創価学会日蓮正宗(日達)の間が拗れるよう暗躍しました。これは事実です。しかしながら、創価学会は山崎に関係の無い責任まで山崎一人に押し付けています。創価学会は、第一次宗創問題を山崎、脱会者、日蓮正宗の悪侶が手を組んだ陰謀で創価学会は被害者であると主張します。これは嘘です。

池田大作に教学的なアドバイスをした人達は池田大作を守りましたか?

池田大作と周辺幹部は教義解釈の変更が現場会員にあたえる影響を考慮しましたか?

大量の脱会者を生んだ原因は、山崎と日蓮正宗ですか?

日達は本気で活動家僧侶を抑え込んだのですか?

活動家僧侶は本気で教義的な糾弾をしたかったのですか?

山崎程度の教学力で活動家僧侶は扇動されたのですか?

 

多くの人を巻き込み、家族、地域、社会に多大な爪痕を残した宗創問題。山崎正友一人でできることではありませんし、山崎一人の責任でもありません(主犯の一人ではあります)。宗創問題の中身も教義論争ではありません。教義にあてつけた痴話喧嘩と利害衝突です。創価学会日蓮正宗が争う必要などありませんでした。

 

ちなみにですが、山崎正友の配下で「裏の仕事」をしていた人達の一部は、今も信濃町とその周辺で元気に生活しています。「偉大な先輩」が残した財産のお陰ですね。