蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

「ただ心こそ大切なれ」で大丈夫ですか?

「ただ心こそ大切なれ」(四条金吾殿御返事)

この文言、創価学会員が好んで引用する一節ではないでしょうか。

 

「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(兄弟抄)

こちらも引用されることが多い文章ですね。

 

ここでは両遺文の意義・中身は吟味しません(ちなみにですが、四条金吾殿御返事には真筆が存在しません)。私がフォーカスしたいのは「心」です。

 

日蓮鎌倉時代の人間なので、心というものを現代風に理解していないのは当然です。では現代人はどうでしょう。今回は、心こそ大切なれで大丈夫なのか?少し記事にしたいと思います。

 

心には物理的な背景があり、実体が存在します。脳及び中枢神経系です。現代人ならば、心は脳を無視できないという解釈に同意出来るでしょう。精神・感情-心の表現型-というものは、脳の働き次第で変化します。

 

脳科学」というフレーズで箔をつけた胡散臭い書籍が氾濫していますが、脳とは本来、生理学(あるいは解剖学か?) の探求領域の1つに過ぎないはずです。今は変なブームに揉まれていますが、本来は伝統的かつオーソドックスな探求対象かと思います。大河ドラマにあわせて特定の時代が注目される様なものですかね。

 

心の背景に脳がある。では脳の先には何があるでしょう?

 

かつて医療の世界には、精神外科という脳に物理的な変化を施し精神疾患を治療する分野がありました。脳切除・神経離断のロボトミー手術が有名です。その功罪は別にして、脳の物理的な変化が人間の心を変化させ得ることを実証した意味は非常に大きいと思います。

 

 

動物実験レベルでは、幼年期の生育環境が脳構造に変化を与え、ストレス耐性に影響を与えることなどが確認されています。人間の症例報告においても、因果関係の有無は未決にしても、脳構造の変化と人格・機能変化の関連性は多数報告されています。

 

アルコール依存症者や薬物中毒者の一部で、脳の萎縮(と人格変化)が認められるのは有名な話です。虐待された子供の研究や戦争後遺症としてのPTSD等も分かり易い事例と言えるでしょう。

 

心には脳と言う物理的な背景があり、その脳はハードウェアであり様々な刺激によって変化する……場合によっては可塑的でなく永続的な不可逆変化になり得る。

 

かなり極端な例を挙げると野生児が有名でしょうか。野生児、幼少期に一定期間非人間的な扱いを受けた子供は、言語機能や人間としての社会性を身に着けることが困難であるという幾つかの事例(臨界説)。

 

認知症アルツハイマー病など、一部の脳疾患は人格を変貌させてしまうことがあります。メカニズムの全貌が未だ解明されていないとは言え、脳構造の変化が心を変化させる事例の1つかと思います。脳の先には科学的な道理があると。

 

専門家でない私には、野生児として報告されている話の中から学術的に信頼のおける事例を選別吟味することは出来ません。脳構造の変化と心(人格や精神)の関係について、具体的な原因を検討することも考察することも難しいです。

 

とは言え、心の実態としての脳が、腕や足と同じ物理的な背景を持った体の一部であることは事実でしょう。

 

創価学会は、「不可能を可能にする信心」と謳い「祈りとして叶わざるなし」と宣伝してきましたが、本当に「不可能を可能にしたか」と言えばNoです。例えば、不老不死のような道理の外にあることを「可能だ」とは言ってきませんでした。死者の復活の様な、呪術的な宗教団体にありがちな主張は排してきました。

 

「不可能を可能にする信心」「祈りとして叶わざるなし」……でも道理には逆らえないよと。それはまぁ当然と言えば当然で(題目10万時間で不老不死とか言い始めたら国権を発動させても排斥する必要がある)、私もおかしなこととは決して思いません。功徳論、本尊幸福製造機説、疾患持ちメンバーへの励まし等は別の話です。御肉芽のことは少し忘れて下さい。

 

人体に関して、これまた極端な例をあげますと、事故や病気等で不可逆的に失ったもの、例えば手術で切り取った臓器が復活する……などということはないわけです。機能として代理が効いたとか、失っても生活レベルに変化が無かったとか、そういう事例は多分にあるだろうけれども。

 

何らかの理由により物理的に欠けてしまった、そういう不可逆的な変化は覆せない。流石の創価学会もそれは認めてきました。

 

創価学会はその様な場合、「馬鹿にされない境涯になる」「祈っていけば結果的に以前より良くなる」「全部意味がある」などと指導してきました。その指導で元気になった人もいるでしょう。逆に苦しくなった人もいるでしょう。ここではその功罪は問いません。

 

現世利益重視で不可能を可能にすると宣伝してきた団体。そんな創価学会ですら、物理法則には従ってきました。道理に逆らう主張はしてきませんでした(御肉芽のことはもう少しだけ忘れて下さい)。創価学会の信心で空中浮遊は出来ません。

 

で、心の話に戻ります。前述したように、心には物理的な背景としての脳があり、脳の物理的な変化は時に不可逆的です。

 

萎縮したり、切除したり、元々欠損していた場合、「心」はどう頑張ってもある一定の範囲から変化しません。それは道理です。

 

創価学会は最低限の道理は認めてきました。死者の復活だとか不老不死だとか、物理法則を無視するような課題を可能とは言ってきませんでした。では「心」はどうでしょう。

 

「心」というものを観測困難な、宇宙生命とか境涯とか九識論とか(九識というターム、日蓮真筆遺文には殆ど存在しない)そういうフィールドに逃がしていませんか?

 

創価学会員の言うところの「ただ心こそ大切なれ」は、どこか非科学的というか、現代科学の隙間に潜みながら無理筋の根性論を日蓮という権威を利用しながら振りまいているだけと言いますか……聞いていて結構怖いのですよ。

 

高さ1mから飛び降りて骨折する人もいれば、無傷な人もいるでしょう。高さ3mならどうか、5mなら、10mなら……100㎞なら?全員亡くなりますよね?心も同じですよ?科学・物理法則に縛られた臓器なのです。

 

無理はいけません。一定以上の強度で無理をさせればどこの誰の心でも壊れます。最高に極端な例をあげると麻薬です。ヘロイン注射を続ければ、どんな聖人君子も強人も紳士淑女も廃人一直線です。信心でどうこう出来る話ではありません。

 

「ただ心こそ大切」。その先には物理的な背景を持った脳があり、道理があります。心は観測可能な領域に、科学のフィールドになりつつあります。どういう意味かというと、題目唱題でどうにも出来ない事例の1つに、条件次第で「心」が加わるということです。

 

それは創価学会にとって、あるいは宗教団体にとって致命傷になり得ると、私は思うのです。信仰「心」が科学的に解明されたならば、観測困難な領域に逃げ込まない限り、宗教という発明が存続する余地は無さそうだと。

 

心が科学的に把握されていく中、宇宙生命、境涯、九識論、前世来世、宿業など観測困難かつ人間を拘束する言葉に逃げ込んだ宗教があったとして、未来に発展の余地があるとも思えません。

 

宗教と心と科学。そんな簡単にケリがつく話ではないと思いますので、また色々考えて記述したいと思います。オチは特に無いです。

会員が創価学会から離れる理由

会員が創価学会から離れるには必ず理由があります。創価学会に魅力を感じなくなったから離れると言えばそれまでですが、創価学会に魅力を感じなくなるには幾つかのパターンがあると思います。

 

今回記事では、私が見てきた&聞いてきた典型パターンを6通り紹介したいと思います。

 

 

1. 会員の振る舞いに幻滅した

おそらく最多ケースです。家族を含め、会員の振る舞いに嫌気がさして離れる人は多いと思います。「教主釈尊の出世の本懐は、人の振る舞いにて候いけるぞ」とは言ったものです。

 

人間関係絡みで離れるケースが最も多く、創価学会に愛着を感じている方にとっては最もつらいパターンのように思います。人付き合いが真摯な人ほど、譲れない部分がぶつかってしまいます。泳ぐ人達には関係ありません。

 

派生形としては、身近な会員との意見の相違に疲れて離れるケースもあります。家族間、友人間等、距離が近いほど疲れます。振る舞いは良い人だけど、意見がすり合わない。これは本当に葛藤し、疲れると思います。

 

振舞いは最低で意見も合わないって?離れるに決まっているだろ。関わりたくないよ。

 

 

2. 信濃町執行部&現場組織の打ち出しに疑問を感じた

公明党の政策・選挙支援含め、組織の打ち出しに疑問を感じて離れる人も多いかと思います。「池田名誉会長とのズレ」を感じて離れる方もこのパターンかと思います。具体的な打ち出し内容、及び打ち出しの姿勢(押し付け感が強い)、その両方が引き金になります。以前も少し指摘しましたが、自公政権以降のやり口に嫌気がさして離れるケースが多いですね。また、人材グループ等での追い込みが嫌になるケースも多々見受けられます。酷い場合は病気になります……

 

 

3. 活動で人生が苦しくなった

説明する必要ないかと思いますが、カツカツに活動して自分の首を絞めるケースです。生真面目な人に多いですね。余暇の時間や休息の時間を削って活動して駄目になるまで頑張ってしまうケースです。「やめたら罰が当たる」みたいな強迫観念が追い込んでしまうこともあります。体を壊して病気になるまで頑張ってしまう人もいるので、苦しくなる前に離脱するのが吉です。

 

 

4. 非会員との交流に触発された

分かり易いのが非会員との結婚。次が出産です。家族を巻き込んでまで創価と繋がりたい……と思う人は一部の活動家に限定されます。何となく創価の家に生まれてたまに会合に出て、学会というものを特に深く考えてこなかったが……という方が非会員との結婚で創価の肩書をどうするかを考え……利より不利の多さを知ると離れます。

 

結婚に限らず、「学会員」という肩書の不都合さを感じて離れる方は多いですね。元々特に熱心に活動していなかった方は、不利益を知れば拘りなく離れるかと思います。

 

結婚で「本尊持ってくのかどうか」「相手方を折伏するかどうか」等口論になって、両親家族と険悪になって離れるケースもありますね。

 

哲学・宗教の話から友人と口論になったり、何となく頼んだ選挙支援で議論になって創価学会公明党を知り……というのも多いですね。交友関係が広い方ほど、学会外の話に触れやすいです。

 

選挙を頼むにしても、ルーチーンで広く浅く頼む人と、他政党の支持者と喧々諤々やる人では会話の濃さ、触発度が違います。他政党の支持者とディスカッションするタイプの人は、状況次第で学会組織との距離を変化させます。

 

 

5. 創価学会の本当の歴史を知ってしまった

完全無欠・清貧潔癖と思っていた創価学会が、金にまみれた不祥事集団と知った時です。幹部のスキャンダルなんかも当てはまりますね。弓谷元男子部長の件は大きな影響があったと思います。NTTドコモ事件しかり。「反創価情報=デマ」というレッテル張り&刷り込みでしのいでいたおかげで、一度確信をもって「知る」と決壊は早いです。

 

 

6. 教義・信仰に疑問を感じた

Twitterでも指摘しましたが、教義問題はボディーブローです。派手なスキャンダルの様に会員を揺さぶることはありませんが、名刀が少しずつ刃こぼれするように、真面目で熱意のある会員からフェードアウトさせていきます。

 

前述した1~5の様々な要因から創価学会や池田名誉会長に疑問を感じたとします。「それでも信仰・御書は正しい」「師弟は絶対」と何とか踏みとどまろうと思った方が、教義上の不備や遺文の真偽、富士の濁流、自語相違を知った時……一気に離れますね。信仰は保っても創価学会からは離れます。

 

 

だいたい典型例としては上記6パターンに分類出来るかと思います。もちろん幾つか複合することもあります。

 

上記以外には、積年の疑問が爆発した、義理立てしていた人(例えば親)が亡くなった(要は義理を果たした)、幹部に楯突いた結果組織から外された等がありますね。

昭和54年、池田会長辞任に関するアメリカ大使館の考察-主に公明党への影響に関して

1年前、昭和54年の池田会長辞任劇に関連する外交公電を記事にしました。創価学会がアメリカ大使館(東京)に池田会長辞任を通達した際に作成された公電です。公電の作成日時はまさに昭和54年4月24日です。

 

hasu-no-rakuin.hatenablog.com 

アメリカにとって創価学会とは公明党の支持母体です。極東政治情勢・アメリカの国益に関与・干渉しかねない政治団体。彼等にとって創価学会の宗教性・信仰内容は副次的なものであると推測できます。

 

信仰内容がどう公明党を動かすか、そしてそれがどうアメリカに影響するか、彼等の関心事はそこにあります。国家機関なのだから当然と言えば当然です。他の思想・宗教団体に対しても同様のスタンスでしょう。

 

池田会長辞任を受け、アメリカ大使館は、池田会長辞任が公明党に影響を与えるかどうか検証し、アメリカ本国へ報告しています。今回はその報告内容(外交公電)を紹介したいと思います。

 

機密解除及びデジタル化により、アメリカ公文書館のHPから誰でも閲覧できます。

  

IKEDA’S RESIGNATION RAISES QUESTIONS RE KOMEITO FUTURE

(池田の辞任は公明党の将来に関して問題を提起する-1979年6月1日作成)

https://aad.archives.gov/aad/createpdf?rid=180538&dt=2776&dl=2169

 

文章の機密レベルはConfidentialです。全文を通して興味深い内容が多いのですが、何点かに的を絞って取り上げます。まずは文章の要約部分とその和訳を紹介します。和訳は()内に示します。読みやすいように文頭以外は大文字から小文字へ変換してあります。

 

Summary: Although resignation of Soka Gakkai president Daisaku Ikeda was not directly related to activities of the lay Buddhist organization's political arm, the clean government party (Komeito), it has raised questions about Komeito's future.  Most plausible version of why Ikeda resigned holds that relations between Soka Gakkai and priesthood of its parent clerical sect, Nichiren Shoshu, had deteriorated seriously in recent years, in part due to Ikeda’s emphasis on political and social activity at expense of religious pursuits. Replacement of dynamic IKEDA by less charismatic group leadership is thought likely to result in decline of Soka Gakkai, thus limiting its value as Komeito's main source of support. While continued leadership of Komeito chairman Takeiri would seem almost indispensable at this time, many observers speculate that Ikeda’s resignation will inevitably result in fall of Takeiri, his close associate, and possibly enmesh Komeito in debilitating leadership struggle. Perhaps trying to put best face on troublesome situation, several Komeito Dietmen with whom we have spoken suggest that Ikeda’s resignation offers party opportunity to reduce religious identification, thus facilitating task of broadening its support base beyond Soka Gakkai membership.

 (池田大作創価学会会長の辞任は、在家仏教徒団体の政治部門-公明党-の活動に直接的には関係していなかったが、公明党の将来に関して問題を提起する。最もそれらしく思われる池田が辞任した理由は、創価学会創価学会の親団体である聖職者宗門-日蓮正宗-の僧侶との関係がここ何年かで深刻なまでに悪化した-それは一部分的には池田の宗教的探求を犠牲にした政治及び社会活動に起因するが-ことと考える。カリスマに劣る集団指導と力強い池田との交代は、創価学会の低落をもたらしそうであると考えられ、それ故に公明党の主要支持母体としての価値を限定的なものにする。公明党委員長竹入の継続した統率力は現時点でおよそ必須であると思われる一方、多くの観測筋が池田の辞任は必然的に竹入の辞任をもたらし-彼の近しい間柄から-、公明党を衰退させる主導権争いに陥らせかねない。おそらくこの厄介な状況にできる限り良い面を打ち出そうと試みて、我々が話した何人かの公明党代議士は、池田の辞任は党に宗教的な同一視を減少させる機会を提供し、それ故に創価学会員を超えて支持基盤を拡大するという作業を促進すると指摘する)

 

流石はアメリカ、国家機関の冷静な分析と言ったところでしょうか。第一次宗創問題でもそれなりの醜聞が流れましたが、創価学会公明党の周辺課題を簡潔にまとめています。

 

池田会長辞任が竹入委員長の交代をもたらしそうだという推測が存在したのは初めて知りました。竹入氏が公明党委員長を矢野氏に譲るのは1986年の出来事です。竹入氏辞任の推測は外れたと考えて良いでしょう。

 

以前記事にしましたが、竹入氏、矢野氏、池田会長、創価学会の関係は中々に複雑なようで、当時の世間・各組織も見誤ることが多かったのかもしれません

  

公電の前半部分では池田会長辞任劇の経緯、第1次宗創問題が簡潔に考察されています。後半部分ではアメリカの主要関心事である池田会長辞任が公明党に与える影響について推察されています。それぞれの部分から興味深い記述を抜粋して紹介します。

 

まずは第1次宗創問題への考察部分から紹介します。

 

Ikeda’s problems with Nichren Shoshu apparently stem in large part from resentment among tradition-bound priesthood that vigorous social and political activities of Soka Gakkai went beyond religious motivation and that Ikeda himself had developed cult of personality giving him more authority over Nichiren Shoshu believers than clerical hierarchy.

(池田の日蓮正宗との問題、その大部分は明らかに、伝統に縛られた僧侶達の憤慨・敵意に由来する-精力的な創価学会の社会・政治活動が宗教的な動機を逸脱し、また池田自身、日蓮正宗の信者間に(日蓮正宗の)聖職者階級を凌駕する権威を池田にもたらす個人崇拝を発達させたので)

 

醜聞やスキャンダルを排して非常に冷静な考察をしています。当事のセンセーショナルな情報群からこの考察を構築できるのがプロなのでしょうね。

 

Some Soka Gakkai activists had even developed theory that Ikeda represented major figure in history of Buddhism qualified to interpret and develop the original Nichiren's ideas, concept which did not sit well with Nichiren Shoshu priests, a particularly crusty lot backed by 700 years of militant history.

(いくらかの創価学会活動家は、池田は仏教史における重要人物-オリジナルの日蓮思想を解釈・発達させる資格を持った-に相当するという見解さえ展開した、その見解は日蓮正宗の僧侶達には面白くなかった-とりわけ700年の好戦的な歴史に裏打ちされた気難しい僧侶達には)

 

当時の池田会長本仏論的な批判までよく調べて言及しています。大石寺に700年の好戦的な歴史があったかはともかくですが(マイナー日陰集団でしたから)。アメリカの分析官にとって、日蓮系とは“militant(好戦的)”という印象なのでしょう

 

Circumstances of Ikeda’s downfall will make task of new leadership exceedingly difficult, inasmuch as it will be caught between need to bow to supremacy of the Taisekiji priests and desire to continue Ikeda’s political and social programs, which were in large part responsible for Soka Gakkai's phenomenal expansion in past two decades.

(池田の失脚という状況は、大石寺僧侶の優位に屈する必要性と池田の政治・社会的計画-それは過去20年間の創価学会現象拡大の大半に寄与してきた-を続行させたいという欲求に板挟みされるだろうから、新しい指導層の課題を非常に困難なものにするだろう)

 

ええ、その通りになりましたよ。正信会問題及び日顕相承問題が創価学会日蓮正宗仮面夫婦時代を形成したわけですが、日達氏・北条会長の急死が無ければ板挟みはより強烈だったことでしょう。

 

One knowledgeable political analyst predicted that effect of Ikeda's resignation would be at least 30 percent drop in Soka Gakkai membership.

(ある見識深い政治アナリストは、池田辞任の影響は少なく見積もっても30%ほど創価学会員を減少させ得ると予測した)

 

このアナリストが誰なのかは気になりますが、30%の減少とはならなかったように思います。酷い混乱を生じさせ、多くの方の人生を振り回したのは事実ですが。

 

引き続いて公明党への影響を考察している部分を紹介します。

 

Komeito Dietmen tell us they had for some time stopped counting on bloc Soka Gakkai support, and that they expect little immediate change in Komeito-Soka Gakkai relationship as a result of Ikeda's resignation.

(公明党の代議士達は、彼等はしばらくの間創価学会の支援を当てにすることをやめていると我々に語り、また代議士達は、池田の辞任を受けての、公明党創価学会間の急速な変化は殆ど無いだろうと予測している)

 

実際そこまで公明党創価学会の関係が変化したかと言えば変化していないと思います。政策面のシフトは池田会長辞任前からでした。執行部内に少数いたとされる学会寄り議員の影響力低下はあったかもしれません。

 

Komeito is still overwhelmingly dependent on Soka Gakkai for votes and organizational support.

(公明党はいまだに創価学会員の投票と組織支援に徹頭徹尾依存している)

 

1979年から40年近く経ちましたが今も変わっていません!

 

Although it has been officially separated from Soka Gakkai for almost ten years, Komeito still has only two dietmen who are not Gakkai members.

(公明党創価学会から公式に分離され約十年であるが、公明党は未だにわずか2名の非学会員議員を有しているに過ぎない)

 

非学会員議員の数までしっかり把握していますね。当事はその手の情報を入手しやすかったのでしょうかね。

 

While party's central committee, led by secgen Yano, has long tried to supplement Soka Gakkai votes with broader appeal, many local party members and a minority of central committee members have sought to emphasize religious roots.

(矢野書記長に率いられる党中央執行部が長い間、創価学会員からの投票を幅広い支持で補完しようと試みている一方で、多くの地方議員と中央執行部の少数議員は宗教的なルーツを強調している)

 

この時代から党中央部の多くの議員は創価学会との関係よりも、世間一般からの支持をどう得られるかに注力していた訳ですね(以前紹介した公電にも似た様な事が書いてあったような)。一般会員はそんなこと露知らずですよ。

 

Perhaps trying to put best face on troublesome situation, some Komeito activists suggest that Ikeda resignation offers Komeito good opportunity to loosen religious connection and build broader support among voters disaffected from both conservatives and leftists.

(おそらくこの厄介な状況にできる限り良い面を打ち出そうと試みて、何人かの公明党活動家は、池田の辞任が宗教的な繋がりを緩め、保守革新両サイドから、(現状に)不満を抱いている有権者の広い支持を構築する良い機会を公明党に提供すると指摘する)

 

以前の竹入委員長と池田会長の不一致を発見した時も思いましたが、この当時、公明党の中枢は創価学会や池田会長の存在を必ずしもプラスのものとは考えていなかったのでしょ

 

非学会員からの広い支持を左右から取り込む。今の日本の政治情勢を見てみると……40年間、創価学会はそして日本は何をしてきたのでしょう。

 

Many believe that Ikeda's resignation will be followed in short order by that of his close associate, Komeito chairman Takeiri, who has long avowed a desire to step down, and that debilitating leadership struggle will occur within party.

(多くの人物が池田辞任は迅速に彼の近しい仲間である竹入委員長の辞任をもたらすだろうと信じている-竹入委員長は長い間委員長退任を望んでいる事を公言してきた-、(池田会長に連座する形での)竹入委員長の辞任は公明党内に主導権争いを引き起こすだろう)

 

この時期の竹入委員長は池田会長と近しかったのですかね。竹入委員長が委員長交代を自ら望んでいたとは知りませんでした。色々と疲れたのかもしれませんね……結果的には1986年まで委員長職を継続することになりますが。

 

Even without the "Ikeda shock," Komeito's future was less than bright.

(池田ショックが無かったとしても公明党の未来は明るくない)

 

今や未来は無いですけどね!

 

Many observers think party diet strength has reached plateau, its strong showing in last election having been attributable to unanimous Gakkai vote coupled with careful limiting of candidates at time when its most direct competitor, JCP, lost seats by running too many candidates.

(多くの観測筋は、公明党の国会勢力は限界値に達し、前回選挙で見せた(公明党の)強さは、全会一致の学会員投票に加えて、公明党の最も直接的な競合政党である共産党が大量立候補により議席を失ったその時、注意深く候補者を限定したことに起因すると考えている)

 

変わっていません!その分析結果は40年近く有効です!1979年から何の進歩もありません!

 

New situation in Soka Gakkai may have little immediate effect on Komeito's gradual shift to right on defense and foreign policy questions, or on its stance vis-à-vis coalition government (ref b), but party may become more cautious.

(創価学会における新しい状況は、公明党の防衛・外交課題における漸進的な右傾化、または対等な連立政権に対するスタンスに関して、急速な影響は殆ど与えないだろう)

 

これはどの様な意味合いからでしょうね。池田会長が辞任したところで公明党の政策、特に防衛外交問題に急速な影響は無いと。元々影響力が無かったのか、それとも池田会長の意向が継続されると判断されたのか、名誉会長になっても公明党への影響力は変化ないと判断されたのか。

 

以前紹介しましたように、公明党は安全保障政策の実質的なシフトを池田会長時代にアメリカサイドに伝えていました。

 

Any significant weakening of Komeito or shift in policy thrust, could have important impact on overall political situation.  In view of fact that LDP has recently depended heavily on cooperation with Komeito in diet management, some LDP politicians have, in fact, expressed concern over implications of uncertain Komeito future.

(顕著な公明党の弱体化または政策要旨のシフトはどの場合でも、政治状況全体に重要な影響を持ちうる。昨今自民党が国会運営に関して公明党との協力に過度に依存していることを考慮して、実際、何人かの自民党議員は不確かな公明党の将来という予測に懸念を表明している)

 

自公連立政権十数年。今や何をか言わんや。1979年から40年。無益な政治混乱と日本の機会損失を経て、元の鞘に収まったようなものでしょうか。当事の分析官達は、今の日本の政治情勢を見て何というでしょうかね。

 

  

全体的にアメリカ政府機関の優秀さと言いますか、流石プロの仕事、冷静で妥当な分析が並んでいると感じました。私達は40年後の世界から様々開示された情報を基に判断できますが、当時の担当者達はイエロージャーナリズムの濁流の中から事実の蓋然性が高いものを取捨選択し推察しているわけです。

 

限られた情報から実に天晴ですね。様々非難される場合もありますが、超大国のスタッフは伊達じゃないと。

 

今アメリカ大使館は創価学会公明党をどう評価していますかね(限定的な範囲ですがwikileaks流出分から少し伺えます)。

 

彼等が1979年のスタッフレベルを維持しているならば、それはそれは冷静に、朽ち果てた組織と屠られた未来を記述していることでしょう。

 

 

補足

上記リンク先に公電の全文が掲載されていますので、お時間のある方、興味のある方は読んでみて下さい。

SNSと創価学会とイラク戦争問題

Twitterでも呟きましたが、信濃町はインターネット・SNSの影響力をどうにか抹殺・排除したいようですね。

 

目下信濃町が懸念しているのは、宿坊の掲示板、元職員3名、宮川日護氏の反信濃町御三家の影響力でしょうか。この内、宿坊の掲示板と元職員3名に関しては以下の記事を書きました。

hasu-no-rakuin.hatenablog.com

hasu-no-rakuin.hatenablog.com

宮川氏に関しては現段階で言及したいと思うことは特に無いです。松岡某みたいに水泳の達人にはなれなかったか……程度の感想しか持ち合わせていません。

 

安保法案絡みで反公明党を鮮明にした方々、Web上で哲学・信仰セミナーを開き始めた元教学関係者&元創大教員の方、私含めたブロガー、Twitter上で持論を展開する会員の方々。

 

その全てが反信濃町・反執行部というスタンスかは別にして、本部の統制を無視した意見の発露という点で、信濃町を悩ませていることでしょう。その先にある会員間自由論争は創価学会解体のリスクを含んでいますから。

 

で、今回記事にしたいのは今の状況、第1次SNS問題 (これだとSNS勢力に悪いイメージが付きそうなので駄目ですね) とでも名付けたくなるような状況、この発端がどの辺りにあるかを勝手に考察したいと思います。

 

結論から言いますと2003年あたりが大きなポイントだと思います。こと公明党関連で言えばイラク戦争です。

 

インターネット発達期(2003年、イラク戦争が始まった頃は丁度ADSL接続が一般化してきた時期です)、右からも左からも、そして内部会員からも大きなトピックとして扱われた問題の1つがイラク戦争かと思います。

 

以前少し呟きましたが、イラク戦争に対する公明党の態度に反発した一部の会員が信濃町周辺及び学会本部内(非会員)で署名活動を行ったことがあります。

 

確か朝日テレビだったと思いますが、署名の様子を全国ネットで報道しました。その時のVTRが2010年位まではYouTubeにアップロードされていたと記憶しています。安保問題の原型ともいえる様な出来事です。

 

イラク戦争問題は創価大学内部にも大きな影響を与えました。以下記事を参考にして下さい。

hasu-no-rakuin.hatenablog.com

こちらも創価大学安保問題の原型と捉えることが出来る事件ですね。当事SNSがあれば絶賛炎上したでしょう。

 

学会関係では少し後の出来事になりますが大分の乱も無視できません。経緯と是非は別にして、創価学会本部に反旗を翻す会員の連携、それがネット上にも飛び火した最初期の出来事かと思います。

 

宗創連携時代から細かい離反はチョロチョロあったようですが、情報がクローズドにされ(なおかつ加工され)、全国会員に与えた影響は非常に限定的だったと思います。

 

 

イラク戦争の頃は丁度ADSL接続が一般化してきた時期でネットによる情報拡散の黎明期でしたが、当時は宗門系の偏ったサイトが乱立していたのと、名誉会長が文字通り表に出ていたこともあって「ネットは見るな」の号令でケリがつきました。

 

イラク戦争当時はブログサービスが普及していなかったので、ホームページを作成する手間暇が情報拡散を妨げる一つの敷居になっていたと思います。

 

山崎正友氏と週刊誌コンビのお陰で「反学会情報は皆デマ」という意識を根付かせることも簡単だったと思います。罵倒系電波系が乱舞するカオスな状況の2ch創価公明板なんかも「デマ」で片がついてしまったように思えます。

  

 

ブログサービスが一般化した頃、教義問題とか公明関係とか難しい話だけでなく、一会員の立場から日々の活動の素朴な疑問を綴る方が現れ始め、SNS前哨戦ともいえる時代をつくりました。この辺りから信濃町主体のネット監視は強化されていますね。

 

同じ頃ですかね、日蓮系YouTuberの樋田氏が動画をアップロードし始めたのは。動画のインパクトは強力でして、今でも信濃町本部連中の頭を悩ませていることでしょう。

 

日本産SNSmixiが流行ったのもブログサービスが一般化した時期と被りますね。mixiでは結構な情報が流出したらしいですが、詳しくは知りません。一部のブログが本部界隈の話をお外に出し始めたのも同時期ですか。

 

2005年頃からは民主党主体の反学会キャンペーンが開始され、ネット上にもそれらしき情報が転がり始めました。ニコニコ動画創価ネタが流行ったのが2007年位からですか。日護会信濃町周辺でしょうもないデモ行動を行ってそれを動画にして……が2009年位かな。SNS前哨戦の時代ですね。

 

この時期の反創価ネタは「ネタ要素」が本当に強く「感覚・感想に訴えて話題にする」というSNS時代到来の気配を感じさせますね。今考えればですが。

 

素朴なブログとインパクト大の動画投稿。一部情報漏洩を含むブログ(及びmixi)。SNS(Twitter & Facebook)が普及する前に創価学会を悩ませたのはこの辺でしょうか(まぁSNSはそれらを全部まとめて発信できる訳です)。

 

 

2010年、名誉会長は表に出なくなり、そのタイミングでTwitterFacebookの様なSNSサービスが発達していきます(Facebookの前にmixi)。

  

Twitter上でも指摘しましたが、身近な会員の振る舞いでも組織の打ち出しでも疑問に思うことがあった時、真面目な会員ほど教学・幹部指導で乗り越えようとします。その時、大白蓮華や直近幹部の指導で満足しないとなればネットを漁る……そういう時代が到来しました。

 

それまで「見るな」で対処できた純朴会員。ネットの普及とSNSの興隆が「見るつもりは無かったのに見つけてしまった」という状況を作り上げてしまいました。素朴な疑問からコアな情報まで「何処からやってくるか」予測できない時代です。ネットやSNSのない生活は考えられません。「ネットは見るな」で対処することなどもはや不可能です。

 

イラク戦争前後で創価学会が直面した諸問題。インターネットというツール、会員の反応、情報拡散、会員間の連携……今起きている問題の基本は既にあったと思うのです。

 

ツールとしてのSNS創価学会に大きな影響を与えているのは事実ですが、原型は2003年にはあったと。当時積み込んだ因が今の果だと思いますね。昨今の安保法案・教義論争に関連する会員間の分離分断は、SNSイラク戦争問題と言えるでしょう。

 

ただ私が思うに、SNSの本当の破壊力は「身近な感想文」にありそうです。「ちょっと先生の指導と違くないか?」「あの幹部の話はおかしい」「会合が多すぎる」「選挙支援に偏りすぎ」「組織に青年がいない」等々。教義や政治に関連した明確な主義主張以上に多くの会員に影響を与えているのではないでしょうか。

創価学会が失敗した理由

タイトルにある通りです。創価学会が失敗した理由について少し思うところを書きます。

 

何をもって失敗と判断するか。組織の拡大、公明党の支持獲得、教義の確立、三代会長の思想実現、不幸悲惨の撲滅……まぁどの観点からでも失敗と判断出来るのではないでしょうか。

 

道は長いと。失敗は失敗でも先があるのだと。そう考えたい人は、創価学会第1幕の失敗と捉えてください。

 

創価学会が失敗した理由に関して、このブログでもTwitter上でも既に様々指摘してきました。日本という国土、戦後の混乱と急成長(時代背景)、日蓮正宗という出自、時代的制約、日蓮自身の限界etc……沢山上げることが出来るでしょう。

 

その多くは個々の学会員が個人的に努力してどうにかなる問題では無かったと思います。特に、2世3世の会員はシステムとして出来上がった創価学会を継承せざるを得なかった部分が強く、教義や会の指導を取り敢えずは受け入れる必要がありました。と言うよりは気が付いた時には受け入れていたはずです。

 

戦後の混乱期や高度経済成長期に入会したメンバーに、日蓮正宗の歴史・教義を比較検討するチャンスはほぼ無かったでしょう。仏教史を紐解く……その為の教材が一般に流通していたかどうか。情報伝達の手段はどうか。

 

各会長にしても時代の子ですから、その時代の言葉使いや文化風習から逃れることは出来ません。初代、2代は明治生まれです。3代会長にしたって昭和3年生まれ、軍事工場への就労経験があります。戦前の人です。4代会長に至っては海軍兵学校の出身です。

 

会長含め人の子である学会員が時代や地理的要因、情報の制約に抗えなかったことは1つ仕方が無かったと諦めるとします(要検討の部分もあります)。

 

自分達の努力如何で改善できた部分、避けられたかもしれない失策・失敗。創価学会が内側に抱えていた(今も抱えている)失敗の因は何か。

 

「全ての会員が教師であり生徒であるという観点の欠如」を私は指摘したいです。

  

創価学会は名前にある通り、そして出自が示すように、学会です。学ぶ会です。創価教育学会が母体です。校舎なき総合大学を自称する創価学会です。

 

和気あいあいと校舎なき総合大学を運営出来ていたならば、創価学会は随分違ったものになったでしょう。学会を学会として、学ぶ会として存続させることが出来たと思います。

 

ところが上手くいきませんでした。全ての会員が教師であり生徒であるという観点が欠如していました。

 

校舎なき総合大学を運営するには、プロの学者だけでは絶対数が足りません。個人的に興味を持って知見を獲得している講師、在野研究者と言えるような人物が必要不可欠です。研究者という表現は堅苦しいですね。知的好奇心旺盛な探求者。ようは何かを調べ学ぶ人です。分野は何でもいいです。学問に拘る必要も無いでしょう。

 

で、その在野系人材を有効活用出来ませんでした。

 

受動的な会員は盲目的に肩書を信じる傾向が強く、専門家、ジャーナリスト、教授そして職員という肩書に弱いです。その一方で、身近な場所にいる知的探求心の強い会員(在野系人材)を二乗呼ばわりして批判しがちです。校舎なき総合大学なのだから誰もが何かの教師になり得る……という観点が欠如しています。

 

独自に何らかの分野を研鑽している人物、在野系人材は二乗批判を嫌って会員との接触を避けていきます。意見の中身ではなく、発言権を認めてもらえない。これでは離れます。また、議論が出来ない環境に嫌気がさす人も多いです。職業学者層の二面性に辟易する人もいます。教義教学に関しては、日蓮専門家が会内に少ないので、他分野での職業研究者が在野日蓮・仏教研究者になったりします。で、喧嘩します(笑)

 

職業研究者(分野を問わず)。創価に金の繋がりのない職業研究者は、次第に離れていきます。二乗批判も相変わらず。学会と金の繋がりのある人物は、場所によって主張を変えたりします。人によっては三代会長への評価をシーンごとに使い分け……一対一で話してみると結構な物言いです。具体的な主張という点でも、個人的な性格という観点でも、二面性を持つ傾向があります。そうでないと生活できません。立場に縛られず自由に意見を述べる在野系の方との相性は悪いです。

 

職員。知的好奇心・探求心とは無縁です。学会組織の効率的な運営(集団搾取)以外にはほとんど興味がありません。学説・所見に価値を感じているわけではありません。知的好奇心・探求心が無いにも拘らず、会員を指導する立場だと考えています。在野系の自由論争に対応することは出来ませんし、職業学者の専門知識についていくことも出来ません。

 

本来的には、学問分野に限らず、子育てや人付き合いなんかも総合大学で学べる教科だったのだと思います。全ての会員が教師であり生徒……のはずでした。ところが実際には、四重構造といいますか、4タイプに分裂してしまいました。特に顕著なのが教学・教義分野でしょう。

 

以前紹介しましたように、教義問題においては意図的に一般会員を論争から遠ざけた面があります。様々な思惑があったのだと思いますが、結果的に四重構造を強化してしまいました。

 

ただ教義以外の分野、例えば政治に関しても、四重構造化の弊害にやられた感があります。昨今の公明党支援を巡る会員間の分離分断、もっと手前で健全な議論が出来ていれば、全ての会員が教師であり生徒であるという認識で学びディスカッションが出来ていれば違ったかなと思います。

 

これも何度か指摘しましたが、自由論争は学会分裂の危機を招きます。それは事実なのですが、もっと早い時期での自由論争ならば余裕があったかなと。

 

まぁ教義問題はある一定年度まで仕方なかったとして、他分野においても自由に学び合える組織を構築出来なかったのは、学ぶ会の存在意義を否定する、創価学会の敗北と言えるでしょう。学問分野に限らずです。

 

ひたすら受け身で教えを請う生徒、学んだ内容をやり取りできない在野教師、場所によって講義内容が変わる職業教師、学校経営にしか興味のない職員。

 

全ての会員が教師であり生徒であるという観点で活動できなかったことが学会の分裂を招き、学会を学会たらしめることが出来なかった。創価学会が失敗した理由の1つはそこだと思いますね。

男女青年部120万人の算出方法と未来部1学年8000人の出所

創価学会青年部・未来部のリアルな人数を知りたい方が多いのか、以下の記事がよく閲覧されます。

 

hasu-no-rakuin.hatenablog.com

以前ある方から、当該記事における「 男女青年部が120~150万人程度」という数字の根拠を尋ねられたことがありました。

 

その方への返信と被りますが、「男女青年部が120~150万人程度」の計算方法を示しておきます。また、全国未来部20万人の情報源(根拠)についても簡単に紹介します(昨年の今頃、Twitterで少し呟きました)。

 

「男女青年部が120~150万人程度」という数字は、男女学生部を合計10万人と仮定して計算しています。10万人という数字は、2008年前後に学生部幹部の方から伺った話を基にしています。

 

男女学生部が10万人=大学に進学した19~22歳(4学年分)の合計が10万人。話を聞いた当時の日本における大学進学率が約50%程度なので、大学進学者の2倍、つまり20万人が19~22歳(4学年)の青年部員の合計という計算になります。

 

青年部を19~40歳とすると、全部で22学年分あります。4学年で20万なので、22学年ならば110万人です。

 

19~22歳で学会員という方の多くは2世3世の会員かと思います。青年部の1年間の折伏成果が例年約2万5千人~3万人。この折伏による増加分と、学年(年齢)が上がるほど絶対数が多いだろうことを加味して(日本の人口分布を考慮して)、120~150万人という数字を出しています。

 

これはかなり甘い見積もりです。実際には40歳前に結婚して婦人部に回る女子部の方も多いでしょう。学生部には浪人生や大学院生も加算されていますので、このあたりもマイナスですね。同学年ならば全員年齢が同じとは限りません。

 

ベースの10万人という数字は、短期大学進学者をどう計算するかで結構変わると思います。短大生が学生部の扱いになるのか、男子部、女子部の扱いになるのか。地域によって微妙に違うような気がします。

 

話を聞いた当時の日本における短大・四大進学率は約56%なので、全短大生が学生部扱いならば、10万人の2倍ではなく、1.78倍の17.8万人が19~22歳(4学年分)の青年部員の合計という計算になります。

 

一方、世間の大学進学率よりも学会内部の大学進学率はおそらく低いので、ベースとなる4学年で20万人という数字は少し高くなる可能性もあります。

 

ベースが多少増加したところで、女子部から婦人部への移行分を差し引いて考えれば、男女青年部120万人という計算が甘い見立てであることに変わりはありません。退会者の人数も考慮していませんし。超甘目に見積もっても男女青年部で120万人です。

 

「2013年から2014年に、2名の職員の方から伺った話です。現在、統監(学会の戸籍みたいなもの)上、小学校一学年の未来部員の数は全国合計で1万人を割っています。未来部合計20万人の時代です。」

 

上記話は、大学及び学園の入試に関係する方から聞きました。創価大学及び創価高校の入試情報にアクセス出来るポジションの方です(当時)。創価教育の未来を計算するために行われた調査だったようです。コンサル指示かどうかは分かりません。

 

2013年あるいは2012年、小学校に入学した未来部員(学会所属の小学1年生の数)は8000人です。もう時間も経ちましたので、正確な人数を言っても良いでしょう。

 

人数的には創価教育の余命計算とも言える状態ですね。未来部全国20万人というのも実は甘めの計算でして、8000人×18学年分としますと、144000人。15万人を切っている状態です。

 

参考になりましたら幸いです。

「内側から見る 創価学会と公明党」ー「創価学会と会社」は「道徳教」の分派

前回に引き続き、「内側から見る 創価学会公明党」に関して記事にします。今回は議論されている具体的内容に切り込んでみたいと思います。

 

最初に断っておきますと、私は著者の教学理解レベル、政治及び宗教に関する知識量を把握していません。著者の人格・性格に関しても全く把握していません(創価学会に愛着があることは書籍内容から把握しています)。また、私は本書で引用・参考にされている文献全てに目を通している訳ではないです。

 

前回記事においても記載しましたが、著者が「内側から見る 創価学会公明党」を執筆した目的、動機、執筆方針・守備範囲は以下の通りです。

 

目的

社会と学会の双方が「創価学会公明党というテーマ」をともに論じるための足場を構築すること

 

動機

創価学会公明党を論じた本でまじめに読めるものがきわめて少なかったから

 

執筆方針・守備範囲

会員にも同意してもらうため退会者や露骨な批判者の証言資料はできるだけ採用しない

「とある幹部筋」「学会の内部事情」などの暴露話の類は資料として採用しない

活字化された資料を軸に議論する

会員へのインタビュー資料はあまり使用していない

歴代会長等リーダー達の発言・執筆内容には触れる

発言・執筆内容がどの様に会員達に解釈されたかに関しては限定的にしか触れない

創価学会という運動体における地域差・世代差・男女差への言及は今後の課題とする

 

「議論の足場を構築すること」が目的であった以上、構築された足場の上で議論が展開されることを著者は望んでいる……と考えるのが妥当でしょう。誰かが歌うこと踊ることを期待せず舞台をセットアップしたというならばかなりマニアックな趣向の持ち主です。

 

そこで本記事では、具体的な書籍内容に切り込んで私自身の考えを投げ込み、用意して頂いた「足場」の上で拙いながらの演舞を披露しようかと思います。著者が書籍に設定した執筆方針・守備範囲を理解した上で、それを飛び越えることになります。ご了承ください。

 

手始めに、第1章の執筆内容である「創価学会と会社」に関して意見を述べます。「内側から見る 創価学会公明党」のメインコンテンツは創価学会の政治参加に関するものです。今回記事で触れる部分は書籍の導入部分です。2章以降の内容については、私自身の考えをまとめた後、いずれ記事にしたいと思います。

 

書籍引用部分はカッコ内に青字表記します。

 

第1章「創価学会と会社」について

第1章において、「創価学会と会社は都市部に現れた新しい村である」という著者の仮説が検証されています。先行研究のデータを引用しつつ、大きく以下四点を指摘・検証しています。

 

高度経済成長期に特異的な地方から都市部への人口流入創価学会発展の構造的要因であったこと、創価学会は地方から流入してきた労働者を吸収・組織したこと、創価学会と会社は高度経済成長期を共に補うように発展してきたこと、70年代の超安定社会形成以降は会社(と核家族)に創価学会は顧客を奪われたこと。

 

高度経済成長の中で部分的に生じた軋みや歪みを下から支える社会的アブソーバーとして創価学会は機能した」という著者の簡潔にまとめられた意見は非常に妥当だと思います。

  

創価学会が末端労働者を吸収組織したこと自体は事実として、先行論者の多くが余り指摘しない点が1つあります。創価学会は初期段階から「それなりの人材」を擁していたという観点です。正確な数を追ってみないといけませんが、経済的な上下はともかく、草創期から幹部陣の多くは大卒者(あるいは同等の教育機関)ではないでしょうか。

  

創価学会は地方出身労働者の受け皿として機能しましたが、指導層は最初からある程度整っていた。1950年代から(人口流入以前から)、会員数という点では東京が最多であり、流入者を指導するコアメンバーを育てることに成功していた。そのコアメンバーを育てたのは戦前から比較的立場の高い層だったのではないか……と私は推測しています。

 

創価学会は都市部に出来た村かもしれないが、初期村民の一部はテクノクラートだった。戸田会長の政治コネクションは言わずもがなですが、完全更地のゼロから村を開拓したわけでは無かったと。

 

一つ極端な例を紹介しますと北条雋八氏(北条会長の叔父)。戦前貴族院議員を務め、家柄も全国レベルの名家です(遡ると伊達政宗に連なるレベル)。途中で離縁することになりますが、戸田会長の事業家仲間もそれなりのメンツだったのではないでしょうかね。今風に言えば、創価学会のスタートアップメンバーですか。

 

宗教団体に限定することなく、創価学会は戦後の混乱期にありながら一定の人材を擁していた。それがその後の拡大を支える骨組みになったと言えるのではないかと思います。「戦後タケノコのように出現した」と評されることもある新興宗教の中で、初期メンバーの充実度はそれなりだったのではないでしょうか。

 

言ってしまえば、創価学会は会社に負けたのだ。裏を返せば会社こそ戦後もっとも成功した新興宗教であるとも言えるかもしれない。」とは著者の率直な感想だと思いますが、その先にあるものを考察して頂きたいですね。

 

それは「道徳」。

 

何を言っているのかと思う方もいるかもしれませんが、「道徳」は事実上日本の国教です。正確に言います、この国の宗教教育は「道徳」という名の授業で賄われています。選択性も多層性もありません。あるいは選択性も多層性もないおかげで、情操教育のはずの「道徳」が宗教として機能しています。

 

先進国と呼ばれる様な国においても未だに宗教の授業が義務教育期間中に存在します。米国は有名ですが、ドイツやイギリスにも存在します。基本はキリスト教について学ぶことになる訳ですが、非キリスト教の家庭に生まれている場合は「非キリスト教系の宗教授業」を選択する事も出来ます。この辺りは国や州によって異なります(調べている最中です)。

 

公共の場から宗教性を排したフランスには情操教育は存在しても宗教の授業は存在しません。但し地域のコミュニティ(家庭含む)で、情操教育とは別に宗教を学ぶチャンスがあります。

 

日本以外の「先進国」においては、宗教教育or情操教育に選択性あるいは多層性が確保されています(内容を詳しく調べないといけませんね)。

 

創価学会は会社に敗れたのではなく、会社が新興宗教なのでもなく、そもそも「創価学会と会社」は「道徳」という国教の分派ではないか。

 

「道徳」を戦後新興宗教扱いしても良いのですが、教育勅語との絡みなどを考えるとかならずしも「戦後」新興宗教とは言えない気がします。

 

日蓮や三代会長の言葉を引用するにせよ、その内容・方向性は「道徳」で価値的とされるものを止揚していることが多く、「道徳」を学会流(法華・日蓮・三代会長)にアレンジして再解釈していると。創価学会マインドの基本は、法華経でも日蓮でもなく、「道徳」ではないか。私は常々そういう疑問を抱いてきました。

 

「青春対話」「希望対話」などの未来部向け書籍を読むと良く分かります。内容は「道徳の教科書」です。そもそも初代牧口会長が道徳を重視する方でした。

 

歴代会長、特に池田会長以降は今で言うところの「道徳」を戦後トレンドの「人権・平和」を抱き込んだ形で運用した側面が強い……と私は考えています。法華経日蓮はその権威付け、宗教団体としての表装に過ぎないと。中身は戦後「道徳」教育と大差がないと。

 

日本人は道徳以外の宗教教育or思想教育を受ける機会が無いので、時代が安定し、戦乱・貧困・病気と様々な縁から思想・哲学・宗教に興味を持つチャンスが減るにつれ、会員が自分で宗教を学ぶ機会が減るにつれ、その傾向は強くなったと。

 

3章、4章の戒壇論の遷移にもつながりますが、創価学会は「道徳」というこの国の国教に逆らうことを止め、徹底的に同一化したと。そして生き延びた。与党になれた。

  

SGIと日本の創価学会に差を感じるとしたら、それぞれの会員が受けた宗教教育の差ではないでしょうか。日本人は選択性も多層性もない宗教教育(つまり刷り込みや洗脳に近い)を受けています。おそらく「道徳」を宗教教育と考えることも無いくらいに染まっています。

 

じっさい日本企業の努力主義と創価学会のそれとの類似性・親和性は多くの論者によって指摘されていた」と著者は記していますが、両者とも「道徳」という国教の教義を重んじた結果ではないですかね。先行論者の指摘がどこにあったか把握していませんが、この国の宗教教育としての「道徳」を意識すれば自明の話かと思います。

 

 

なぜ創価学会が世間に迎合していったのか、自民党と親和性を強めることが出来たのか、企業文化と比較されるのか。

 

創価学会は「道徳」という宗教のブランチになったのです。学会に限らず、日本の宗教団体の大半は「道徳教」のブランチです。場合によっては「道徳教」の異端派です。会社・学校は「道徳教」の教会みたいなものです。

 

 

定量的な統計データから道徳教育が創価学会員に与えた影響を検証するのは難しいと思いますが、次の書籍があるならば、日本の思想教育との比較の中から創価学会を捉えてほしいかななどと思ったりしました。

 

簡単ですが今回は以上となります。次はもっと深く切り込みたいですね。