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蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

米国公文書に記録され続ける昭和54年問題

何かと話題になる昭和54(1979)年4月24日、池田大作の会長辞任劇。創価学会は、池田大作の会長辞任を当日の内にアメリカ大使館に報告しています。

 

記録にはMESSAGE TO THE AMBASSADOR FROM DAISAKU IKEDAと書いてあるので、池田大作から駐日アメリカ大使へのメッセージです。

 

SOKA GAKKAI PRESIDENT IKEDA RESIGNS

1979年4月24日

https://aad.archives.gov/aad/createpdf?rid=18953&dt=2776&dl=2169

 

上記の文章は、アメリカ公文書館のHPから誰でも閲覧できる公文書です(機密解除されたのでしょうね)。

 

記録によれば学会本部は「池田大作はこれまでも何度か辞任を考えていた。組織が完成するまではと留まっていた。会長辞任後は、SGI会長として、また創価学会名誉会長として残留する。今後は執筆活動、世界平和や文化教育の促進のために時間を費やすだろう」と大使館側に伝えています。当時聖教新聞等に掲載された“表向き”の物語とほぼ同じです。

 

辞任の理由について大使館側から尋ねられた際、学会本部は「池田大作は、力強い僧俗和合をもたらすであろう新しい会則の採用によって、主要な組織構築に関わる業務を完了したと信じている」と返答しています(私の意訳です)

 

池田大作の会長辞任に対する大使館側のコメント(アメリカ本国へのコメント)が記載されているので、原文を下に記載します。下線部が辞任理由に該当する部分です。

 

 

“ANNOUNCEMENT HAS CAUGHT OUTSIDE OBSERVERS BY SURPRISE. THERE HAVE BEEN RUMORS, HOWEVER, ABOUT CONFLICT BETWEEN NICHIREN SHOSHU PRIESTHOOD AND LAY LEADERS OF SOKA GAKKAI (C.F. FJT-24531). HINT THAT THIS MAY HAVE BEEN FACTOR IN RESIGNATION COULD BE READ INTO AKIYAMA'S REMARK, WHEN ASKED FOR REASONS FOR RESIGNATION, THAT IKEDA BELIEVED HE HAD COMPLETED MAJOR ORGANIZATIONAL ACHIEVEMENT WITH ADOPTION OF NEW BY-LAWS, WHICH WOULD "STRENGTHEN HARMONY OF PRIESTHOOD AND LAY ORGANIZATION."

 

 

“THERE HAVE BEEN RUMORS, HOWEVER, ABOUT CONFLICT BETWEEN NICHIREN SHOSHU PRIESTHOOD AND LAY LEADERS OF SOKA GAKKAI”とあるように、大使館側は創価学会日蓮正宗間に紛争が存在するという噂を把握しています(実際は噂話ではないですが)。

 

アメリカ側は、池田大作の辞任が公明党に与える影響をもっとも気にかけているのだと思います(そう読み取れる記載があります)。

 

“ANNOUNCEMENT HAS CAUGHT OUTSIDE OBSERVERS BY SURPRISE.”が示すように、池田大作の辞任は驚きをもって迎えられたと推測できます。

 

昭和54年の池田大作辞任劇はアメリカの公文書にも記録されています。永遠に記録されるかもしれません。

 

組織の安泰を優先し、散々担ぎ上げた御大将の首を売り飛ばした記録は末永く、誰もが閲覧できる公文書として保存されることでしょう。

 

 

自民党との連絡役は八尋頼雄氏(2006年当時)

八尋頼雄副会長が自民党との連絡役だったとの記載が、Wikileaks内に記載がありましたので簡単に紹介します。

 

KOMEITO LEADER TO RESIGN, LDP WEIGHS IN ON SUCCESSOR

https://wikileaks.org/plusd/cables/06TOKYO4876_a.html

(2006年8月25日作成)

 

上記文章内において、自民党のIijima Isao(飯島勲氏と思われる)氏からの政治的なメッセージが、公明党のShozo Kusukawa(Kusakawaの誤植かな。おそらく草川昭三氏)および創価学会の連絡役たるYahiro Yorio(八尋頼雄)氏に伝えられたと記載されています。内容は公明党の代表に関するものです。

 

 

以下、該当部分を引用します。

 

“With the LDP already facing the very real possibility that it will lose a number of seats in the Upper House next July, the best scenario would be for Kanzaki to remain in his position for one more year. Absent that, Iijima thought, it would be better to leave the position vacant and let Acting Representative Hamayotsu lead the party through the elections. Iijima said he had passed that same message to Komeito's Kusukawa and Soka Gakkai liaison Yorio Yahiro.”

 

Soka Gakkai liaison(連絡役) Yorio Yahiro. 米国大使館も認める自創の連絡役、八尋頼雄氏。今は佐藤氏でしょうか。政治権力は八尋から佐藤に相承されましたか?

 

2006年といえば、民主党に勢いがあり、自公が劣勢になりつつある時期でした。2007年参院選から、2009年衆院選までの自公政権の敗北劇は記憶に残っている方も多いかと思います(もう10年前か)。

 

私にとってもこの時期は様々印象深い思い出があります。特に2009年の選挙は一番熱心に支援活動を行った選挙ですね(派手に負けましたが)。

 

私の世代からすれば、学生や若年層を煽って選挙活動に邁進させる裏で、自公創の密談が続いていたことになります。当事はまるで知りませんでしたが(そもそも情報が流れてこない)、結局会員は駒なんですね。

 

補足

飯島勲氏と言えば、集団的自衛権が議論されていた時期に、政教分離云々と今更ながらに蒸し返してきた人物。末端会員の知らぬところでゲーム(政局)は進む。

本仏論の行方

釈迦本仏論日蓮本仏論に関して疑問に思っていること、漠然と考えていることを書きます。私は、仏や神という言葉、概念が元々どの様に発生したのか、その意味するところは何であったか、知見も理解も足りない身です。雑感レベルの話を羅列しています。

 

釈迦本仏論日蓮本仏論。それぞれの文献学的な考察等は既に多くの方が提示しているので、細かい部分には触れません。

 

 

私が八王子に居た時の話ですが、ある方から「日蓮は自身を本仏とは主張していない。キリストも自ら神であると名乗っていない」という話を振られたことがありました。当時は、その方が何を言いたかったのか特に気にかけませんでした。創価学会の組織から離れ、自由に日蓮やその他の宗教、信仰を考えるようになって、その方が何を伝えたかったのか、考えるようになりました。

 

以前にも少し書きましたが、厳密な意味での釈尊直説(歴史上の人物としての釈尊)は存在しません。キリストは自ら聖書を記したわけではありません。イスラムに関しては、コーランの内容を吟味すること自体、デリケートな議論になります(聖書に関しても、人によっては激しい対応が帰ってくるでしょう)。

 

日蓮が自らの事を本仏であると主張していた証拠」が日蓮真筆遺文(と直弟子の遺文)に確認できない。それは一つの事実として、では釈迦本仏論が意味するところは何なのか。

 

歴史上の釈尊が何の経典も残していない条件で、釈迦か日蓮かどちらが本仏であるかと議論することにどの様な価値があるのか。

 

日蓮は釈迦が法華経を説いたことを評価しているが、歴史上の人物としての釈尊法華経を説いていない。日蓮釈迦本仏論を採用していたとして、その釈迦は歴史上の人物の釈尊とは関係がない(大乗非仏説をタブー視する国家・地域もあるかもしれん)。

 

日蓮釈尊、順位をつける必要があるのか。理想的な仏教徒として実在の人物に仏を求めているのか、信仰者の目指すべき状態として仏という概念が欲しいのか。

 

教団の正当性に関わるからと本仏論にこだわるよりも、どうして仏が必要なのかを考える今日この頃です。

公明党は右傾化したか

これまでの選挙活動にたいする自身のスタンスを述べた上で、現在の公明党に関して考えていることを簡単に述べたいと思います。

 

以前紹介しましたが、私にとって初めての選挙支援は未成年の時でした。成人した後、友人への投票依頼(いわゆるF活動)を何回か行いましたが、支援活動への参加理由は私の親族に公明党市議会議員経験者がいたからです(私が成年した時には既に他界)。支援活動を断ると罰が当たるかもしれないという不安もありました。また、もしかしたら功徳が貰えるかもしれないという期待もありました。他の会員からの目線を気にしていた部分もありました。

 

私にとって選挙活動は、個人的な情、罰への恐怖、功徳への打算が入り混じった活動でした(学会活動全般に言えます)。今は一切の選挙支援活動、創価学会の組織活動をしていません。悩みが消えたわけではありませんが、罰に悩むことはなくなりました。

 

公明党への投票依頼方法は「身内に議員がいたからよろしくお願い」とシンプルに“情に訴える”やり方でした。個々の政策には、立場による利害や恩恵の差があるものだろうと考えていたので(今も考えています)、公明党の政策や実績を深く人に勧めるようなことはありませんでした。支援の数字に関しては大して取れず、30人連絡取れれば良い方だったと思います。

 

支援活動に関連して政策議論や勉強会も多少行いましたが、熱心ではありませんでした。私は、個々の具体的な政策よりも根本的な問題、例えば日本人のライフスタイルの変化、政治と宗教の関係(創価学会に限らず)、問答無用の暴力にたいする宗教団体の役割等に興味がありましたので、細かい政策論争に価値を感じることがありませんでした。

 

今回は公明党の原点を探るという意味で、創価学会が初めて選挙活動を展開した、1955年(昭和30年)の地方選挙前後を少し調べてみました。公明党の結党は1964年ですが、創価学会としての選挙支援のスタートは1955年、今から60年以上前の話です。

 

創価学会が政界に進出した理由は、戸田城聖日蓮立正安国論を現代的に解釈し、選挙に出て政治にかかわる必要があると考えたからです。戸田城聖は日本中を創価学会で染め上げようと本気で考えていた節があるので、当然と言えば当然の帰結です。

 

「広布の礎、文化活動」という戸田城聖の講演(昭和30年、鶴見支部第四回総会、星薬科大学講堂)の一部を以下に紹介します。この講演は創価学会初の選挙に先立つもので、文化部員(地方選挙立候補者)の出陣のあいさつと言っていいかもしれません。

 

広宣流布の姿におきまして、また広宣流布の途上におきましては、経済界に、あるいは新聞社において、あるいは雑誌において、または、これに類似する文化活動において、あるいは映画において、あるいは政治において、また会社の重役といえども、会社の小使といえども、皆、御本尊様のありがたいことがわかって、これらの人々のなかから国会議員が出て、国立戒壇の請願が出され、国会で可決され、天皇陛下も、また、この御本尊様のありがたさを知ってこそ、初めて広宣流布ができるのです。
 これがためには、なまじっかの闘争では、けっして広宣流布はできない。そこで、この一端として文化部が創設され、文化活動のうちの政治活動が、最初に打ち出されたのです。”

 

上記の講演内容は、講演全体の中でも特に過激と思える部分を抜粋していますが、戸田城聖の目指した政治活動、その本気度が伝わってくる内容ではないでしょうか。

 

公明党は右傾化したか?私は本質的には違うと思います。戸田城聖が志向していた、原理主義的な信仰活動を放棄した一つの成果が今の公明党です。創価学会国立戒壇や国教化を捨て、現実路線に舵を切った時から、公明党も時流(話題のトピックや政局)を強く意識するようになりました。かつては反戦平和が世論の主流だったので宣揚し、今はトレンドが“右翼的”なので受け入れているだけではないのか。現実路線の維持という点で、公明党は変化していないのではないか(支持者の変化に関してはまた考察したいと思います)。

 

私は、戸田城聖路線を賛美する訳ではありません。ただ、原点となる創価学会の選挙活動が何を目指していたのかを無視して、細かい公明党の政策を云々しても意味は無いと思います。信濃町フィクサー気どりの連中の暗躍にしても、政治活動における初心を忘れた結果です。

 

最後に、先程の戸田城聖の講演の続きを掲載します。

 

“ただ、ここに一言ことわっておかなければならないことは、文化部員の闘争は政治のための政治ではないということです。ある人は、そういうのもならば、創価学会党というものができて、そこで広宣流布するのではなかろうかと考えるかもしれませんが、けっして政治のための政治ではありません。一党一派に偏するものではありません。文化部員のなかで、ひとりが社会党であり、ひとりが自由党であり、ひとりは民主党であり、なかには共産党がいても、いっこう、さしつかえないのであります。それは政治のための政治ではなく、広宣流布のための政治であるからです。

 この意味におきまして、このたびは、どうか、じゅうぶんに悔いなき闘争ができるようにと、日夜祈っているしだいであります。”

 

 

補足

前述したように、私は、公明党の政策や理念に惹かれて選挙活動をしたことはありません。だからこそ、細かい政策に拘りなく話が出来るのかもしれません。それぞれの世代で平和活動なり、文化・教育路線なりに本気になった人の努力を否定するつもりはありません。また、戦後の混乱期に青春時代を重ねた池田大作、それを支えた一部側近達は、平和・文化・教育活動にある程度本気だったと思います。現実的な改革路線に舵を切った中で、主張できそうなことを主張してきたのではないでしょうか。

 

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査問について

選挙前に更なる組織の引き締めが行われそうなので、創価学会の査問、不正調査について聞いたこと、考えていることを簡単に記述します。

 

査問に関して、私の周りでの直接的な事例は知りません(無い方が良いのは当然です)。少なくとも、教学レポート、2014年の会則変更、波田地克利氏、大御本尊、安保法案絡みの査問が身近で行われた例は知りません。

 

信濃町は、これまでの言動から“リスク”のある職員関係者を大方把握していると思いますが(末端活動家レベルまでは把握していません)、その全てを査問にかけているわけではないようです。リスクのある人物とは、職員関係者でありながら執行部を良く思っていない様な人物、反骨的な人物、原田会長の命令よりも池田大作の言葉を優先しそうな人物等です。

 

例えばですが、2014年の教義会則変更に反対して森中教学部長を説得しようとした“反執行部側”の人物を知っていますが、その方が査問を受けたとの話は聞いていません。実名で“反公明党”的な意見を発信している方を何人か知っていますが、その方達が査問を受けたという話も聞いていません(但し、降格、排斥、役職剥奪等された人物は居ます。いずれ紹介したいと思います)。

 

恐らく、特殊な立場に居る方は多少独自行動や反執行部的な言動があっても放置されるのだと思います。無視して黙殺しておいた方が、下手に突っついて騒がれるより得策と判断される様な人物です。例えば、大幹部の係累、側近。自爆テロ気味に信濃町の不正を暴露しそうな人物、近づかない方が安全と判断されるような人物も放置されます。

 

また、いきなり査問されるかというと必ずしもそうではなく、活動停止や役職交代などの警告を与えた上で、様子を見る場合もあるそうです(これは身近で発生しました。但し、前述した教学レポートや会則変更等の案件絡みではないです)。

 

以下、私が推測する査問条件を示します。前述したように、私の身近な範囲で査問が発生したことは無いので、執行部にたてついて処分されたケース等からの推測です(もっとも、私が知らないだけで処分の前に査問があったのかもしれません)。

 

1. 会合等の場で独自見解を主張し続ける(会員に影響を与え続ける)

2. 独自の勉強会、SNSグループ形成等、分派行動と思われるようなことをする

3. 幹部(特に信濃町と繋がりの強い人)を諫言する

 

 

創価学会は、影響力のある人物が他の会員を感化させてしまうことを警戒しています。昔からその傾向はありましたが、今は極端に警戒しています(池田大作の影響力の低下が原因でしょう)。特にヨコの連帯(人材グループ、創価教育同窓生等)と、瞬く間に情報が分散するネット上の付き合いを警戒しています。

 

ヨコの連帯やネット上の繋がりを警戒する理由として、地域組織における独自行動と違い、信濃町サイドからの統制・コントロールが難しいことが推察されます。独自の情報源を持つこと、役職に囚われない人付き合いをすること、これらは信濃町にとって非常に都合の悪い行為です。

 

査問や調査に繋がるような、情報提供にも特徴があります。

 

私は以前、不正の嫌疑をかけられ査問/調査直前まで行ったことのある人物(実際は単なる運営上のミスで悪意ゼロの人物)から話を聞いたことがあります。嫌疑を掛けられた方には悪意などまるで無く、手続き上のちょっとした不備を“派手に盛られて“報告されたため、あわや査問送りとなるところだったそうです。

 

その方曰く「査問につながるような“密告”が、職員にとっての点数稼ぎになっている。 “密告”で点数稼ぎを目論む職員には、トラブルを起こして(それこそ不正行為とか)地方や閑職に飛ばされた奴が多い。中央(信濃町)に返り咲くための成果として多少話をデッチ上げても“密告”する」……酷い話です。

 

独自行動が報告されるかどうかは、個人的な付き合いにもよると思います。私は、職員関係者2名に直接、会則変更について尋ねたことがありますが、その後特に何も受けていません。彼等との友誼があったからだと勝手に信じています。個人的な信義が通用しないようなケース(付き合いの浅い幹部を突然諫言する、独自の勉強会に参加する等)は、一発レッドカードの危険性が高くなります。

 

ある程度の立場の方でしたら、「この人に話を通せば査問になる」ということを認識しています。査問や処分が発生するかどうかは、キーマンの耳に情報が入るかどうかです。キーマンに話を伝達するかどうかの判断は、話を聞いた人の匙加減です(ある一定の基準はありそう)。

 

創価学会は個人的な会話が簡単に漏れ伝わるので、意図せず誰かを”通報”してしまうケースもあると思います。監視社会を意識してしまいますが、余計な話を身近な場所でするのは避けた方が良いです。

 

末端会員の場合、査問を受けることなく組織から分離され、活動停止あるいは除名という流れになることも多いです。一匹狼の執行部がコントロールできない会員は切り捨てられるだけです。

 

時折、査問の場で相手の教義や思想を打ち破り、シロクロはっきりさせたいと考える人がいますが、やめておいた方がよいです。今の幹部に、まともに教学論争できる人物が何人いるか分かりません。査問の場では相手をクロと決めて自白を強要するようなケースも考えられます。査問など受けても良いことなど何一つありません。それでも査問の場で自身の信仰を証明したいと思うのでしたら、原田会長に直接査問されるくらいの勢いで活動すると良いと思います。末端の査問者、信濃町の飼い犬に餌をやる必要は全くありません。

 

 

以下の文章は完全に私の推測(憶測レベル)です。直接具体例を聞いた訳ではありません。片鱗を伺いはしましたが。

 

昔から存在した不正調査の為の査問と、最近話題の査問は、少し毛色が違う気がします。創価学会は内側にかなり強権的な組織で、学会がクロと決めれば自白を強要するスタイルの取り調べが行われますが、最近はより断定的かつ行動がマニュアル化されている感があります。公明党元委員長(離反済み)の弟が不正監査のトップだと聞いたことがあるが(今は別の方かもしれません)、最近の査問担当者もっと若い。不正監査組織とは別に、全国移動式の査問部隊が存在する気がします。

創価学会の政治介入(八尋副会長アメリカ大使館に行く)

創価学会の “政治活動”について、興味深い文章を見つけたので紹介します。主役はあの副会長です。

 

皆さんもご存知かと思いますが、Wikileaksウィキリークス)という内部告発をサポートする有名な団体が存在します。ウィキリークスが関与した有名な暴露事件のひとつに、数年前に発生した「アメリカ外交公電流出事件」があります。25万件以上のアメリカの外交電信が暴露されてしまった事件です。

 

公開された文章には日本に関するものも多数存在していたので、興味を持って調べていたら、以下のような文書を発見しました。

 

https://wikileaks.org/plusd/cables/07TOKYO5347_a.html

 

内容は、2007年に創価学会の Yorio Yahiro(八尋頼雄)なる副会長が、当時の日本の政治情勢を議論するためにアメリカ大使館関係者と面会したという内容です(議論の内容についても記載されています)。また、公明党上田勇氏と交わした議論についても掲載されています。両者は別々にアメリカ大使館を訪れたそうです。

 

八尋頼雄、近年話題の“あの”八尋頼雄副会長です。山崎正友の元部下で、公明党の元委員長矢野絢也氏から戦友扱いされ、今は影の会長ともいわれる八尋頼雄副会長。「9割がついてこられればいい」の八尋頼雄副会長。

 

当時の政治情勢は、2007年夏の参議院選挙で民主党(当時)が参院の第一党になり、ねじれ国会となっていた時期です。2007年の参院選では、公明党は神奈川、埼玉、愛知で現職議員が落選。比例でも票が伸びず(2004年の参院選挙から比例で100万票ほど減少した)、公明党議席を減らすこととなりました。公明党にとって2007年の参院選は、2009年衆院選大敗北を予期させる苦い選挙でした(印象に残っている方も多いかと思います)。また、原田会長にとっての最初の国政選挙でもありました。学会組織が全力を出したとしても、世論に風が吹いた状態で投票率が向上すれば敗北するという現実を見せつけられた創価学会(八尋副会長)に危機感があったのかもしれません。

 

上記の文章によれば、八尋副会長がアメリカ大使館に出向き、日本の「ねじれた政局」について議論しています。ねじれ国会と、それに関連した福田総理(当時)と小沢一郎の連携についてなど、政局絡みの突っ込んだ議論をしています。

 

2007年8月付けの別文章では、八尋副会長のアメリカ大使館関係者へのコメントが記載されています。

 https://wikileaks.org/plusd/cables/07TOKYO3930_a.html

 

内容は麻生幹事長(当時)に関するもので、八尋副会長(と公明党草川昭三氏)が麻生幹事長の能力不足などを指摘しています。また、八尋副会長は、二階俊博氏の方が幹事長として好ましいとコメントしています。これが宗教団体の幹部の役割ですか?

 

個人的にはアメリカ大使館関係者(つまり米国向けメッセージ)という点も気

になります。創価学会の政治力の一端を覗いた気がします(ちなみにですが、アメリカ公文書館のHPからも創価学会に関連したアメリカの公文書が何点か閲覧できますので、いずれまた紹介したいと思います)。

 

創価学会(八尋頼雄)の直接的な政治活動が記載された公文書(アメリカ外交公電)というのは貴重な存在です。流出文書ではありますが、創価学会による公明党、日本政治への干渉が存在することを直接的に示す信頼性の高い証拠かと思います。文章の発行時期と内容から察するに、八尋副会長の大使館関係者との接触は少なくとも2回はあったと推測できます。

 

創価学会の副会長がアメリカ大使館関係者と日本の政局に関して議論をする。これは宗教団体による政治力の行使ではないでしょうか?この八尋副会長の行為は政教分離に反しているのではないでしょうか?

 

最近、公明党の変節云々が話題になりますが、元凶は信濃町です。どうしてアメリカ大使館に創価学会の副会長が訪れる必要があったのでしょうか。創価学会の副会長は、学会員の為に尽くすのが仕事なのではないでしょうか。八尋頼雄副会長には是非説明して頂きたいものですね。怪文書ではなく公文書に記載されていますので。

 

 

Soka Gakkai Vice Chairman "Yorio Yahiro"

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創価学会と日蓮宗の連携?(宗派を超えた法華経研究会)

Twitterでも少し呟きましたが、日蓮宗創価学会はそれなりに通じ合っているのではないかと私は推測しています。あるいは妄想しています。興味深いサイトを発見したので紹介したいと思います。正直驚きました。

 

2015年、第74回日本宗教学会創価大学で開催されたことをきっかけに、私は創価学会と他宗の連携に関心を持ちました。私は、宗派を超えた仏法研鑽、学術交流に大賛成です。学術研究と信仰と、それぞれ両立する方向で試行錯誤を重ねた方が、生きた宗教であり続けると思います。

 

また、仏教と言う枠組みに拘って研鑽する必要もないと思っています。創価学会に関して言えばSGIの対談相手の多くは非仏教徒だと推測できます。信仰とは世界中で通用するトピックです。

 

職業研究者の人にとっては生活の手段でもあります。また、他宗の宗教行事に参加する訳でも、対論や問答をする訳でもありません。他宗関係者との交流を極端な謗法論で切り捨てるのは、死んだ宗教のすることです。学会関係者が他宗の関係者と交流することを誹謗するつもりはさらさらありません。

 

上記の私のスタンスを把握した上で、続きをお読み下さい。

 

2015年の日本宗教学会もそうですが、創価学会は近年、他宗との交流にかなり寛容になったと推察されます。その理由の一つが、創価大学教授であり東洋哲学研究所研究員の菅野博史氏の日蓮宗常圓寺における「法華玄義」の講義です。『法華コモンズ』という宗派を超えた日蓮系の勉強会の様です。HP アドレス(http://hokke-commons.jp/

 

創価大学教授が日蓮宗の寺で「法華玄義」の講義を行う。日蓮正宗と一緒に活動していた時代ならば、「謗法だ!」と責められてしまいますね。僧俗和合の時代から、学者の人達は外の世界との繋がりがあったわけですから、水面下での連携はあったのかもしれません(私は知らないです)。ちなみにですが、宗門と縁を切った数年後(1996年)に、東洋哲学研究所メンバーとカトリック系研究会(南山宗教文化研究所)が教義や聖職者の存在等、かなり突っ込んだ議論をしています(宮田教授も参加していますよ)。

 

 

http://nirc.nanzan-u.ac.jp/ja/publications/symposia/catholicism-and-soka-gakkai/

www.daisanbunmei.co.jp

既に在庫の無い書籍ですが、 カトリック創価学会の対比、聖書の解釈等、興味深い内容が詰まっています。

 

菅野氏といえば「原田会長や正木理事長(発言当時)から法華経関係の書籍の執筆依頼をされる」(本人談を友人から聞きました)ような創価学会中枢にかなり近い人物です。彼の行動は、学会本部公認と考えていいでしょう(最初にも書きましたが、私は他宗との学術交流には大賛成です)。

 

私が驚いたのは、『法華コモンズ』の講義メンバーの“多様さ”です。HP(http://hokke-commons.jp/)より以下引用します。

 

 

平成29年度(前期)講座一覧

講座「日蓮聖人とその時代」 佐藤弘夫

講座「インドの『法華経』(ホントの『法華経』)を求めて」 苅谷定彦

講座「日蓮聖人のご真蹟を拝す」 山上弘道

講座「『法華玄義』講義」 菅野博史

 

平成28年度(後期)講座一覧

講座⑥ 「日蓮聖人遺文研究」 都守基一

講座⑦ 「初期仏教研究―仏滅年代論・経典の成立―」 池上要靖

講座② 「日蓮教学史と諸問題」 布施義高

講座③ 「日蓮教学と中古天台教学の検討」 花野充道

講座④ 「『法華玄義』講義」 菅野博史

 

 

名前を見てピンときた方はその筋の人でしょう。私は知らなかったので調べました。以下二名は創価学会的には特記すべき相手だと思います。

 

花野充道(元々は正信会系僧侶、日蓮正宗に留まるも日顕と喧嘩して還俗化)

山上弘道(正信会僧侶と思われる。複数の正信会系HPに同姓同名の表記あり)

 

日蓮宗だけでなく正信会関係者とも交流があったとは驚きました。あれだけ教義で争った相手と学術交流があるとは……特に花野氏は反学会の急先鋒だった人物だそうで(地涌とかフェイクとかの情報です。割り引きたい人はどうぞ)。

 

何度も言いますが、私は他宗との学術交流自体は大賛成です。私が言いたいのは、会員の全く知らない場所で、嘗て自分達を教義的に強烈に批判していた連中とこっそり関係を持つやり方です。正信会、第一次宗創問題と、学会員に限らず数多の人間に影響を与えた過去があります。何のためにあれだけ争ったの?総括はしたの?会員は納得しているの?説明位あってしかるべきではないでしょうか。

 

そもそも法華経の研究を、一般会員が知らないところで小乗的にやってどうするの。少なくとも議論の経緯や結果は公表するべきでしょう。法華経を一部の研究者と他宗の僧侶(それも一部の人物は親の仇ばりに喧嘩した相手)と研究して、これは菅野氏、佐藤氏の独自行動で、一切創価学会の教義教学にはフィードバックしないとでも言うのだろうか(菅野博史氏だけでなく、佐藤弘夫氏も東洋哲学研究所と繋がりの深い人物です)。

 

上記の二人とコンタクトがあるだけでも十分驚いたのですが、もう一人、驚愕と言っていい人物の名前が『法華コモンズ』のHPに記載されていました。(法華コモンズ 一日集中記念講義・開校式 とGoogleで検索すると先頭の方に出てきます。下記に該当HPのスクリーンショットを貼り付けます)

 

波田地克利氏。創価学会の広宣関係で多大な功績があるにも関わらず突如除名され、今でも“その界隈”で超有名人の波田地氏です(同姓同名という可能性もありますが……あまり一般的な名前ではありませんし、場所が法華経日蓮関係の団体です。偶然の一致とは考え辛いです)。

 

波田地氏と繋がりがあるだけで査問除名の対象になると言われるような大人物です。私も一度だけ、広宣関係(若い方ですので、深い情報は知らない可能性も大)の方に、波田地氏について伺ったことがありますが、何の返事もくれませんでした(笑)

 

今の創価学会は何でもありです。日蓮世界宗創価学会とかいう商標登録も気になるところですが、教学面でここまで多様な交流をしているからには、日蓮宗ホールディングスくらいは構想しているのではと勘繰りたくなります。日蓮宗連合の様な団体を作ってその中心に創価学会を置く。そんな創価学会の組織防衛プランを妄想しました。

 

 

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