蓮の落胤-創価学会、話そうか

非活動家の学会3世が創価学会、日蓮、公明党等を語ります。

目次

はじめに(自己紹介) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

私は蓮の落胤である - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

教義・教学全般

教義の一貫性 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会と日蓮正宗の教義は、どの段階まで一致していたのか - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の教義変遷と宗創問題 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

教学全般について(1) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

教学全般について(2) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の教義会則変更(2014年)について(1) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の教義会則変更(2014年)について(2) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の教義会則変更(2014年)について(3) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

大御本尊と日蓮本仏論の文献学的な考察に触れない場合 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

本仏論の行方 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

教義会則変更の片隅で - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田名誉会長の大御本尊観(2002年以降) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の独自教義 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

議論をする前に - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

日興の扱いについて(前編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

日興の扱いについて(後編)ー宗教法人として - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「無量義経」にたいする創価学会の態度(グレーゾーン対応) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「戸田会長の悟達(神秘体験)」に対する創価学会の解釈変遷 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

日寛本尊は三番手以降だった(宮田教授のHPより) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

ラーメンとラーメン屋、旨い不味いと原産地 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「若悩乱者頭破七分」と「有供養者福過十号」 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

価値創造の由来と「生命論」の元ネタ? - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

約100年前の日蓮解釈が感慨深い - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

日蓮は何を残したかったのか - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

公明党・政治関係

選挙活動の思い出(投票率報告) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の政治介入(八尋副会長アメリカ大使館に行く) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

公明党は右傾化したか - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

自民党との連絡役は八尋頼雄氏(2006年当時) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

原田会長アメリカ大使館員と会談す(自衛隊海外派遣に関する見解) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

公明党(山口那津男議員)と原田会長:自衛隊海外派遣に関する見解の相違 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

矢野元委員長に都議選。都合が悪いから早く解散して。 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田会長と公明党の不一致(1975年、竹入公明党委員長の池田会長批判) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田会長は公明党の方向性に不満を抱いていた(1975年、創共協定に関連する外交公電より) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田会長と公明党の関係につて(暫定的なまとめ) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

1977年の二枚舌(公明党安全保障政策の変遷-前編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田会長の一存に非ず(公明党安全保障政策の変遷-後編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

不明瞭な意思決定機構(公明党の安全保障政策の変遷-番外編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

政権運営者への道(前編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

政権運営者への道(後編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

公明党は歴代2位の与党歴(日本に誕生した連立政権を振り返る) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

公明党を振り返る(前編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

公明党を振り返る(後編) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

立憲民主党支持者は学会員を理解できるか - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

名護市長選と公明党(基地問題で揺れた20年) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

50年前の沖縄選挙と公明党(1968年行政主席選挙に関する米国公文書) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

名護市長選を全国一丸・総力戦で「支援」する創価学会(一つの記録として残します) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

名護市長選を振り返る(数字と創価学会の選挙支援から-「人付き合い」がイデオロギーに勝利した) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

安倍政権とスキャンダル(伊藤詩織さんに関する事件報道で思い出したこと) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

昭和54年、池田会長辞任に関するアメリカ大使館の考察-主に公明党への影響に関して - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

振り回された沖縄公明党&沖縄創価学会員(1969年の公文書に見る本土公明党の沖縄干渉) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

歴史

創価学会の歴史(1945‐1979年) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の歴史(1979年前後) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

宗創問題と創価学会独立 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

米国公文書に記録され続ける昭和54年問題 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

第二次宗創問題の裏で(宮田教授のHPより) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会の推移と考察(Ver1.0) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

人物

第一次宗創問題と山崎正友 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

宗創問題と石田次男(1) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

宗創問題と石田次男(2) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

宗創問題と石田次男(3) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田大作怒る(創価大学入学式) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田大作は創価学会の中心にあらず - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

弓谷照彦と青春対話 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

池田名誉会長の入信経緯について - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

創価学会本部周辺

学会本部および関連職員に関して(内定者から聞いた話) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

学会本部および関連職員に関して(教育システム) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会と日蓮宗の連携?(宗派を超えた法華経研究会) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

本部職員の存在意義 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

信濃町に目を付けられてしまう人 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

会員・組織

未来部合計20万人の現実 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

査問について - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

川崎学生部について - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

世界広布は進んでいない(SGI-USA会員の大幅な減少) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

宿坊の掲示板について(会員間論争の活性化) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

元創価学会職員3名を批判する前に - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

男女青年部120万人の算出方法と未来部1学年8000人の出所 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会が失敗した理由 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

SNSと創価学会とイラク戦争問題 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

会員が創価学会から離れる理由 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

不祥事

創価学会水泳選手権 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

原田会長の愛人疑惑について - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

NTTドコモ事件(創価学会員による携帯電話通話記録窃盗事件) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

ある人材グループで起きた事件(歩いていて背中に視線を感じる) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

創価大学

創価大学における言論の自由 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価大学への人事干渉(質問したらクビになる) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

K元副学長の件(職員による讒言) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

創価学会その他

不透明な平和思想 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「創価学会の平和思想」に関する本質的な課題 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 「内側から見る 創価学会と公明党」のレビュー(全体の雰囲気に関して) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「内側から見る 創価学会と公明党」ー「創価学会と会社」は「道徳教」の分派 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

  

宗教全般

補陀落渡海 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

 

 

雑感

池田大作についての所感 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

信仰の試行錯誤 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会に気概なし - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

物語の成立条件 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「創価学会員物語」の終焉 - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

創価学会オリジナルの物語(中心は婦人部) - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

殆どの創価学会員は諦めたのだと思います - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

「ただ心こそ大切なれ」で大丈夫ですか? - 蓮の落胤-創価学会、話そうか

振り回された沖縄公明党&沖縄創価学会員(1969年の公文書に見る本土公明党の沖縄干渉)

沖縄知事選の話題がにわかに増してきました。沖縄公明党に関して、興味深い資料を見つけたので紹介します。

 

今回紹介するのは、CIAが1969年に作成した極東アジアの情報分析資料です。何度か言及していますが、CIAは本質的には情報分析機関です。工作活動以上に、各国地域の正確な情報解析が仕事です。

 

オリジナルの文章は以下のリンク先にあります。アジア時事情報の1つとして、沖縄公明党(当時は公明会)に関する記載があります。ドメインからわかりますように、アメリカ政府機関、正真正銘CIAの公式文章です。こういった文章群を時間と共に公開できるのがアメリカの強さでしょう(記録を抹消する組織に未来はない……)。

 

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https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/CIA-RDP79T00975A014700110001-6.pdf

 

短い文章ですので全文の訳を掲載します。

 

Okinawa:

 

Komeikai, the local arm of Japan's activist Komeito party, is about to campaign more aggressively against US bases on Okinawa.

(公明会‐日本の政治活動家組織である公明党の沖縄組織‐は、沖縄の米軍基地に対する組織運動をより活発にしようとしている)

*1969年当時、沖縄はまだ日本に復帰していません。

 

Komeikai is readying a report intended to focus popular dissatisfaction on hazards to public welfare created by US bases on Okinawa.

(公明会は、沖縄の米軍基地によって生み出された公共の福祉を害する危険性に対する民衆の不満に焦点をあてることを目的にした調査報告書を準備している)

 

The survey, according to Komeito officials, will demand a sizable reduction in the number of US installations in line with Komeito's policy calling for gradual dissolution of the US-Japan mutual security treaty.

(公明党当局の言うところでは、調査報告書は公明党政治的主張である日米安全保障条約の段階的撤廃に沿って、米軍施設数の削減を要求するだろう)

 

Komeito officials have requested help from the US Embassy in Tokyo in arranging a visit by a party mission to Okinawa ostensibly to persuade the Komeikai to modify some "rather provocative and questionable" sections of the report.

(公明党当局は「報告書における幾分挑発的で問題のあるいくつかのセクションを調整するために公明会を説得する」という触れ込みで、東京の米国大使館に党使節団の沖縄訪問の手配を助けるよう要求した)

 

Komeito scored a major propaganda coup last year with a detailed study of the US base structure in Japan.

(公明党は昨年、在日米軍基地の構成に関する詳細な調査報告の大規模宣伝工作戦略(プロパガンダ)に成功した)

 

Rather than toning down the Komeikai report, Komeito is more likely to want it to achieve a similar splash.

(公明党は、公明会の報告を和らげるよりもむしろ、公明会の報告を昨年公明党が成功したような派手な記事にしたがっているきらいがある)

 

The Komeito study received extensive media coverage, prompting considerable criticism of the Sato government for failing to take the initiative in representing the people's interests.

(公明党の調査報告は広範なマスコミ報道を経験し、佐藤栄作政府は率先して民衆の利害を指摘することに失敗したという相当な批判を促した)

 

The Komeikai, currently a semi-autonomous affiliate the Japan-based Komeito, reportedly will become a chapter of Komeito later this month.

(伝え聞くところでは、現在公明会は日本を拠点とする公明党の半自治支部であるが、今月中に公明党の1支部になるだろう)

 

In the past Komeikai has tended to be more conservative than its parent organization, particularly on the base issue since many of its members are employed on US bases.

(従来の公明会は基地問題に関して、彼等の構成員の多くが米軍基地で雇用されているという理由から、親組織(公明党)よりも保守的になる傾向があった)

 

It now may be under greater pressure to voice more outspoken opposition as it comes under tighter control of Komeito.

(公明党の厳格な管理下になるにつれ、公明会は今、(米軍基地問題に対して)より辛辣な反対意見を発言するよう強い圧力をかけられているのだろう)

  

驚きました。私は当初、沖縄公明党創価学会は初めから基地反対一本で固まっていたものだと考えていましたが、それは誤りだったようです。

 

基地問題で革新系に近い沖縄公明党(公明会)と、ラディカルな政策を掲げつつも保守陣営とも連携したい……しかし選挙と野党の手前大きな声は出せないという矛盾を抱えた本土公明党の単純な駆け引きだと考えていました。

 

確かに、1968年の行政主席選挙に関連した公文書の中において、「沖縄創価学会員-その多くは米軍に雇用されており、また沖縄自由民主党の保守候補を支持している(好感を持っている)-」という記述がありました。

 

また、矢野絢也書記長(当時)も「沖縄創価学会員は沖縄自由民主党の保守候補に好感を持っている」という発言(恐らくは非公式発言)を残しています。

hasu-no-rakuin.hatenablog.com

 

私は矢野書記長の発言は本土公明党の本音であり、沖縄公明党の考えとは違うと短絡的に考えていました。実際は、沖縄公明党(当時は公明会)は微妙な立場に立たされていたのでしょう。

 

今回及び以前紹介した文章を複合的に考えると、以下のような構図になるかと思います。 

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地元組織として複雑な事情を抱える沖縄公明党、選挙都合でラディカルな安全保障政策を持ち込んだ本土公明党(それも途中で撤回する……1977年時点でその兆候が確認されている)。

 

当時は、本土公明党の方が「上辺は」革新系だった。本土公明党の選挙都合に振り回せれ、沖縄が本土復帰に向かうにつれ、本土公明党の管理下に置かれるようになった沖縄公明党(公明会)……と支持者である沖縄創価学会員。

 

名護市長選で見せたように、本土創価学会の沖縄介入です。それは1968-1969年当時すでに存在していたと。

hasu-no-rakuin.hatenablog.com

その主張は現在とは逆で、ラディカルな革新系の主張に近い本土公明党保守系候補に好意を持つ沖縄公明党(もちろん基地問題に対応したい部分はあったでしょう)。

 

ところが沖縄の本土復帰後は、公明党本部と創価学会の方向転換により、積極的に保守系政党に近づきたい公明党本部、複雑な利害関係を持ちながらも平和問題の顔として取り上げられ、革新系候補に近い沖縄公明党(沖縄創価学会)とカオスな状況に変貌していく……ということでしょうか。

   

自身の雇用問題を抱えながら、1969年に「沖縄米軍基地の実態調査―米軍基地の総点検」を出版し不要・遊休基地の存在を主張しなければならなかった沖縄公明党(公明会)とその支持者である沖縄創価学会員。現地では葛藤があったことと推測されます。なにせ、自分達の雇用先を減らせと言っているわけですから……

 

今度の沖縄県知事選で、公明党は与党系候補に推薦を出しました。50年前は本土公明党のラディカルな政策・選挙都合で、今回は本土公明党の保身かつ与党的都合で、沖縄公明党に干渉しています。

 

恐ろしいことに、具体的な政策方針は大きく反対方向に変わりましたが、沖縄に対する干渉・介入・隷属体質はまるで変っていません。

 

最終的には沖縄公明党(と支持者である沖縄創価学会員)が個々に判断してきたことですが、公明党創価学会は沖縄に対して50年間何をやってきたのだろうと嘆かわしく思います。

私は蓮の落胤である

本記事で100回目の投稿となります。記念の100回目ということで、自分自身のことを少しだけ話そうと思います。

 

私はブログ記事を書く上で、なるべく理性的かつ客観的な文章になるよう努めてきたつもりです(一部のジョーク記事と雑感を除けば)。今回は私自身のことを書くということで、感情的かつ多少キツイ表現を含むことになると思います。文調もラフなものになります。ご了承ください。

  

 

私は父方・母方の両祖父母共に創価学会員の家に生まれた3世会員である。父母は2世会員。父方・母方、両家共に昭和20年代後半に入会。戦後間もない頃からの、祖父母の代からの活動家一家に生を受けた私は……まぁ敗戦処理で登板したようなものかな。

 

両家とも経済的に余裕のない中で学会活動に明け暮れ(特に父方)、地域の活動拠点として機能し、家族はまともに機能しなかった。

 

父方の祖父母は性格的に苛烈かつ強情で、昔の学会員の典型例と言えるだろう。祖母と義父(私から見た曾祖父)との関係が悪く、家を飛び出した先での入会だったそうだ。母方一家は、酒乱の夫(私から見た祖父)に困った祖母が、様々な宗教遍歴の末、入会したと聞いている。

 

草創の世代、小説人間革命の世界が私のルーツだ。小説人間革命の世界と違うのは、我が家は報われなかったという点、また人間革命が起きなかったという点にある。まぁ事実は小説よりも㋖なり、じゃなかった奇なり。

 

父方一家には娘(私から見た伯母)がいるが、30代で勘当されている。両親 (私から見た祖父母) との関係が上手くいかなかったらしい。そりゃ昭和一桁生まれの活動狂いの家庭に生まれれば無理だ。ちなみに独身。今年で68歳くらいになるはずだが、この世代の女性で独身は珍しいだろう。一応今も生きているらしいが、私は話したことがない。父とも絶縁していて、父が伯母と(つまり父にとっての姉と)まともに連絡をしたのは、祖父の葬儀の時くらいだろう。

 

母には弟(私にとっての叔父)がいる。母と叔父との仲は良くない。叔父夫婦には子供がいない。不妊治療を行っていたそうだが実らず、母方の家系はここで途絶える。子供の有無で人生の価値が決まるとは思わないが、当人たちが望んでいない結果になったのは事実だ。

 

私の母は、私と兄弟を本当によく殴った。蹴り飛ばされたこともよくあった。父がそれを止めることはなかった。創価の世界では活動家で信頼されていたようだが、酷い人達だった。泣いて横たわっているにも拘らず蹴飛ばされたことを今でも思い出す。私の兄弟は殴られた痛みで体育の授業を休んだこともある。毒親、虐待の家庭だった。物心両面の暴力があった。

 

父は酷いマザコンで、母はそれが気に食わなかったようだ。嫁姑のトラブルもあったらしい。夫(私から見た父)が味方してくれない、家の中が居心地のよくない母にとって、活動した分だけ褒めてくれる創価の組織は気分が良かったのだろう。家族には全員から嫌われている。

 

創価学会はやたら「母」を称賛するが、宗教狂いの専業主婦を量産しただけなのじゃないかと思うことがある。創価学会曰く、母は太陽らしい。太陽、そうね、少し離れたところにあると(家庭外かつ地区内とか)ありがたみを感じるのかもね。あまり近いとガンマ線(信心)で人を殺す。それが太陽。

 

酒乱の父親に殴られて育った女にまともな子育てが出来るとは思わないが、それでも宗教活動がなければもう少し、最低限あいさつくらいはしてやる関係になれただろう。

 

父も母と同様、まともな情操教育を受けていない。昭和一桁の活動家の両親から、罰と義務を強要され生きてきた。活動する癖に父親から良い体験談を聞いたことがない。愚痴はよく聞いたけれど。

 

今更学会から離れられないのだろう。失敗と負けを認めることができないのだ。適応障害で休職したこともある父だが、一向に報われることのない活動をやめることはない。哀れな話だ。哀れな話なのだが、伴侶のキチガイ御信心を止めることなく、家族を道ずれにしたのだから同情はない。

 

我が家は経済的にとりわけ裕福ではなかったが、無駄極まりない財務や新聞の多部購読があった。未来部なぞとうにいなくなった後も、未来部向けの新聞を購読していた。「家族のための財務」と両親は言ってきたが、家族が幸せになることはなった。そもそも、家族というシステムに魅力を感じる人生にならなかった。母は父に内緒で数百万円の財務を勝手に行ったことがある。父母で酷い喧嘩になった。馬鹿げた話だ。

 

私はイカレタ両親のもと、小学校に上がると同時に朝晩の勤行をしないと飯も出ないような生活を送った。朝勤をしないと学校に行けず、夜勤をしなければ風呂に入れず。「罰が当たるぞ」と呪詛のようにいわれ、信心とは「やらなければいけない」ことだった。と言うよりも、生きること=やらなければならない、義務であった。

 

疑問を感じても、何か考えることがあっても、罰と義務が私を離さなかった。創価の家に生まれる以上の罰もないだろうと今は思う。理性を働かせて普遍化するならば、碌な情操教育を受けていない両親と思想を偏狭にさせうる宗教のコンビは最低だということになる。

 

あの両親のもとに生まれれば、創価の有無に関係なく、心地よい人生とは無縁な生活を送ることになるだろうが、創価学会あるいは宗教活動の存在は、状況をよりシビアなものにした。

 

父と母に何度も創価の現状や教義の不備、あるいはこれまでの不満を訴えたが、変わることはなかった。馬鹿は死ななければ治らないというが、死ななければ治らないのは狂気だ。彼等は死ぬまで変わらないだろう。

 

八王子含め、多くの学会員、創価家族を見てきたが、素直な感覚、自らの人生を持てる環境に生まれた者はまだマシな待遇だったのだろうと思う。

 

まぁ、創価の組織に身を置く愛する近親者と自身の信仰観・組織観との間で悩む人は、それはそれで非常に辛いだろうと思う。切りたくない絆も、譲れぬ感性もあると。素直な感覚がある人ほど衝突したとき問題を激化させやすい。そういうケースも観た。

 

創価の家に生まれて気分の悪い人生を歩んで……そういう方は中々表に出てこられない。創価学会の繁栄、創価学会の活動家の満足感とは、多くの犠牲(本人の望まぬ犠牲)の上に成り立っているのだと、私は知った。

 

ある後輩は15年間引きこもりの兄を抱えて悩んでいた。鬱から休学寸前、役職を追われた後輩もいた。高等部時代からの活動家だったが、組織との関係、自分の人生に悩み、大学に来られなくなった後輩もいた。全員、私が直接受け持った後輩だ。

 

彼等は皆、公明党議員の子息だった。学会組織は彼等に何もできなかった。否、反対に追い詰めた。私は似た様な境遇だったから対応できた。彼等が無事に卒業出来て良かった。すごい疲れたが。

 

 

私は個人的な興味・関心から、教義、仏教、あるいは宗教全般について調べたりするが、それらが本当に厳しい環境においては時に無力であることを知っている。

 

強めの例え話をする。味覚障害者が味を楽しめないように、視覚障害者が景色を楽しめないように、ある種のファクターがあると信仰を楽しめない(あるいは信仰で変われない)のだろう。逆は必ずしも真ならず。信仰を楽しめない人に問題があるとは決して言わない。知性や教養を楽しめない連中が活動を楽しんだりするけどね。

 

日蓮の教えは、法華経は、あるいはゴーダマの残したものは、素晴らしいものかもしれない。高貴な蓮だ。だが残念なことに高貴な蓮は、時を経るにしたがって幾人かの落とし子をもうけた。各種仏教団体、日蓮系団体。それ等が残した教義経典。

 

日蓮正宗創価学会。彼等は日蓮のあるいは法華経の落とし子だ。1等目立つ出世頭で状況によっては慈悲深かったかもしれないが、最も下劣で低俗でもあったろう。

 

そんな連中のとりわけ酷い場所に生まれ育った。私は蓮の落胤である。

日蓮は何を残したかったのか

日蓮は何を残したかったのか。

前々から記事にしようと思っていながら、中々上手く文章に出来ずにいました。

 

断っておくと、私は日蓮遺文に特段詳しくありません。今はSNS含めインターネット上で日蓮遺文に関する議論・有益情報に触れることが出来ます。私より日蓮遺文に詳しい方は沢山おられます。

 

以前ならば、一部の専門家及び専門書やコア情報に触れるチャンスに恵まれた方に限定されていたコンテンツに、一般人(一般信徒)がアクセスできるようになりました。

 

インターネットが無かった時代にあっても、自らの意思で書物にあたれば知識として吸収することは出来たでしょうが、特定教団の情報遮断や教団間のエモーショナルな紛争および教団内部の猛烈な宗教活動が弊害となり、文献学的な客観的批判に耐えうる主張との接触を困難なものにしていました。

 

さて、本題です。日蓮はどのような文章を残したかという問いかけには、日蓮真筆遺文および直弟子の写本レベルまでを一応の範囲として説明できるはずです。信頼できる文章群を基に、日蓮が残したもの、日蓮の発言(書き残したこと)を追いかけることは出来ます。

 

日蓮の発言の真意となると、日蓮が意図的に嘘をついていないということ(日蓮の頭の中と書き残された書面が一致している)を前提条件にしても、推論・推測を含むことになるでしょう。

 

推論・推測を含むにしても、信頼に足る文章群からロジックを構築することは出来ます。日蓮遺文に限りませんが、残されている資料から妥当・合理的と思われる説を構築することは出来ます。

 

東洋哲学研究所の小林正博氏によると、日蓮が書き残したと言われる文章群の中で、その存在がある程度保証されているものは、だいたい60%程度だそうです。

 

http://www.totetu.org/assets/media/paper/k018_258.pdf

日蓮文書の研究(1)」 小林正博

 

その60%の中で、敢えて「1番」を決めるとしましょう。何を基準とするかがまず議論されるでしょうし、そもそも「御書」に順番をつけることに嫌悪を感じる人もいるでしょう。

 

記載内容の「重要さ」から「1番」を決めるとなると、色々と段取りが必要です。日蓮遺文は勿論、天台からそれ以前、仏教全般の知識が必要になります。仏教全般の理解だけでなく、「日蓮がどう理解していたか」を理解する必要があります。

 

特定教団にとっての「重要さ」に拘束される人もいるでしょう。もっとも、特定教団に重要とされる文章が、信頼に足る60%に入っているかは気になりますが……

 

おそらく、観心本尊抄(如来滅後五五百歳始観心本尊抄)を「1番」とするのが1つポピュラーな論調ではないかと思います(既に何人もの方が指摘していますね)。

 

私が興味深いと思ったのは「観心本尊抄送状」、観心本尊抄の送り状です。真筆は観心本尊抄とセットで中山法華寺に存在します。

 

知っている方にとっては当たり前かもしれませんが、観心本尊抄送状には以下のように記載されています。

 

「設い他見に及ぶとも三人四人坐を並べて之を読むこと勿れ」

 

3~4人で集まって読んではいけない。大勢で読み合うことを禁ずると。

 

上記、観心本尊抄送状が示すように、日蓮は文章ごとに読み手の範囲を意識し、計算していたと推測できます。

 

幕府の役人を通じて北条氏に提出された立正安国論日蓮は、立正安国論が複数の人物に読まれることを予期したでしょうし、場合よっては期待したかもしれません。

 

日蓮日蓮死後の弘教、つまり自分が死んだ後も自己の主張が継承されていくという期待or意図がなければ、観心本尊抄は、極少数の「当時の信徒」だけに読まれることを意図された文章になります。

 

日蓮日蓮死後の弘教計画(あるいはその意思・意図)があったならば、おそらく後代の人間に読まれることを主に意図していたでしょう。

 

観心本尊抄送状には以下の記述もあります。

 

「此の事日蓮身に当るの大事なり之を秘す」「仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧みず五五百歳を期して之を演説す」

 

もし日蓮が、死後の法門継承を計画・意図していなかったのならば、自らの「大事」をごく少数の人に告白し、いずれは文章ごと「大事」が消えてなくなると考えていたことになります。

 

一応の可能性として、自分の死後、信徒および自己の主張がどうなるか、深く考えていなかった可能性もあります。

 

ここでは、日蓮が死後の法門継承を計画・意図していたかどうかは検討しません。また、内容からの観心本尊抄の重要性にも触れません。私が主張したいのは、日蓮は読み手の範囲を計算していたという点です。

 

日蓮遺文、あるいは教団によっては御書と呼ばれる文章群には、日蓮の筆かどうかという真偽、信頼性の問題があります。

 

信頼性に足る文章に限定した上で、その中身を正しく理解する必要もあります。その為には、仏教全般の知識が必要になってきます。

 

そして信頼性と正しい理解という課題と共に、文章がどの程度の範囲(時間および空間的範囲)で読まれることを日蓮は想定したいたかというテーマがあると思います。

 

特定門下に当てた手紙を数百年後の人間が読むことを想定していたのか。読まれることは想定していたかもしれないが、それが教義の「大事」に肩を並べると考えていたか。信仰や宗教とは関係なく、一激励文ではなかったか。

 

日蓮が書き残しているから」と残された文章を金科玉条の如く振りますのはどうなのか。自宗あるいは自らの立場を利するために用いるのは論外として、日蓮が意図した範囲外で適応していないか。

 

信頼性のある文章群を読んで、日蓮が人間としてどう振舞っていたか、それを知ってどのように感じるか自由かと思います。

 

ただ、「何が残ったのか」ということと「何を残したかったのか」ということを区別する必要があるかと思います。

ある人材グループで起きた事件(歩いていて背中に視線を感じる)

気がつけばブログ記事も本投稿で98を数え、100投稿も目前です。見切り発車どころか、発車してから電車の乗り換えを噛み締めるような状態で始めたこのブログ。当初は創価大学創価学会に関連する事象で大勢の方に知ってほしいと思うことを何テーマか記載して終わるだろうと考えていました。

 

ところが書き始めてみると、書かねばならないと思うことが後から後から土の中から湧現するが如くでした。まさか1年以上ブログ(とTwitter)を続けることになるとは予期していませんでした。

 

で、タイトルにある通りです。この話をいつ記事にするか、否、そもそも記事にするかどうか、随分悩みました。

 

読者が真偽を判断できないセンセーショナルな話題を提供することに対する躊躇いです。各々が真偽を判断すればよい。そうかもしれない。しかし、暴露話が弊害になることもあります。

 

創価学会が駄目になった理由の1つを、「客観的な論証の欠如」と私は考えています。それを助長したのは各会員の無関心かと思いますが、内外一致のイエロージャーナリズム、スキャンダル論争が創価学会から「資料性」「客観性」を排除していった面も無視できないと私は思っています。

 

僧侶の堕落、幹部の堕落、週刊誌のデマ、離反者のウソ……それは確かに正すべき(糺すべき)ことだったかもしれない。しかし、それ以上に気にかけるべき核心的な課題があったはずです。

 

教義、公明支援、組織活動……学会員が目を向けるべき課題は直ぐ近くにあったはずです。秘密主義と意図的な情報選別が会員を盲目にした面もありますが、会員の努力次第でなすべき議論を深めることもある程度可能だったかと思います。特に、宗創問題と四月会問題が落ち着いた2000年以降。

 

最大瞬間風速的に人々の目を引き付けるスキャンダル話。濃い味の脂ぎった料理が舌を鈍感にさせるように、センセーショナルな話(体験談含も含まれるがしますね……)が会員の目を曇らせていったのではないか。私はそれに加担したくないのです。

 

スキャンダル話や裏話よりも、文献ベースの教義考察、外交公電の様な信頼できる資料を基にした学会史の再検討、会員各自の生活が向上したかどうかという観点からの学会活動への評価(選挙含む)等、あくまで客観的に検討し易いテーマを中心に記事にしたいと思っています(創価大学に関する情報は最初から暴露するつもりでした……年寄り&教職員が誰も立ち上がらないので)。

 

一方で、疑問を想起する手段の一つとして暴露話がときに有用なのも事実かと思います。一般会員はとにかく情報が制限されています。誰かがぶちまけないと知ることも無いでしょう。

 

前置きが長くなりました。本題に入ります。今回紹介すのは、ある人材グループで起きた事件です。事件の起きた人材グループに近い職員関係者から伺いました。かなりメジャーな人材グループで、O氏(割と珍しい苗字)という方が中核を担っています。そこそこ有名な方です。分かる人には分かるでしょう。

 

事件は2度あったそうです。話の中心となるのはY氏。この方も珍しい苗字の方ですね。

  

1度目は池田名誉会長の奥さん、香峯子夫人に関連してY氏に非常呼集がかかったときのこと。すぐに来いとの指示がY氏に。Y氏はタイミング悪く離れることが出来ない状態だったので(仕事)、お弟子さんに細々指示をだして向かわせ、Y氏本人は後から向かった。これが来るべき時に来なかったと、判断されてしまったそうです。

 

2度目は人材グループ主催で外部講師を招聘しての講演会を開くという話が出たときのこと。会場の予約も外部講師の打診も全て完了して数日後に開催となった時、突然学会本部から講演会の中止命令が降ってきた。Y氏は講演会をセットアップする中核メンバーの1人だった。

 

この中止命令、先の奥さん事件で奥さんの取り巻き摂政U氏に目をつけられ、U氏から出されたのではないかと、職員の方は推測していました。

 

学会内部のメンバーだけならまだしも、会場も借りて外部講師も呼んでいる状態でドタキャンは出来ない。話し合った結果、「強行」という結論になったそうです。事前に、池田名誉会長から講演会開催に関する承諾書(激励文を兼ねていた……という話だったか)を頂戴していたので、それを印籠にして開催しようと。そして開催した。それが、本部の統制を無視したと判断されてしまった。

 

上記2つの事件により、2度も本部に弓を引いたと(そう判断されただけなのですが)、Y氏は要注意人物扱いに。Y氏は幹部でありながら創価学会と名誉会長に反旗を翻した疑いがあると、身辺調査の対象と言いますか、「反逆者」の嫌疑を掛けられ、その過程で、Y氏本人とY氏の子息は「歩いていて背中に視線を感じる」日々を過ごすようになったそうです(比喩表現)。

 

Y氏の子息は当時高校生だったらしいですが、生活上の不自由を感じ(Y氏の意向もあり)、日本国内の大学では無く、アメリカ創価大学に入学したという話です。

 

NTTドコモ事件では被害女性が本人および娘に尾行がついた旨を週刊誌に暴露しています。おそらく殆どの学会員は「週刊誌のデマ」あるいは「反逆者・退転者のウソ」くらいに考えると思います。私もそうでした。アンチ学会の人物が話を盛っているのだろうと。上記エピソードを聞いてからは……余りにも残念な話ですね。創大教員からも授業の盗聴および「歩いていて背中に視線を感じる」日々があったこと、伺っています。

 

「査問!除名!」と錯乱した創価学会が振り回す鉈の音がブンブン聞こえてきます。彼等は、やるときはやります。良くない意味で断固たる態度を取ります。何人かの証言から、盗聴や尾行程度何とも思わない団体であること、私は確信を持っています。

「ただ心こそ大切なれ」で大丈夫ですか?

「ただ心こそ大切なれ」(四条金吾殿御返事)

この文言、創価学会員が好んで引用する一節ではないでしょうか。

 

「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(兄弟抄)

こちらも引用されることが多い文章ですね。

 

ここでは両遺文の意義・中身は吟味しません(ちなみにですが、四条金吾殿御返事には真筆が存在しません)。私がフォーカスしたいのは「心」です。

 

日蓮鎌倉時代の人間なので、心というものを現代風に理解していないのは当然です。では現代人はどうでしょう。今回は、心こそ大切なれで大丈夫なのか?少し記事にしたいと思います。

 

心には物理的な背景があり、実体が存在します。脳及び中枢神経系です。現代人ならば、心は脳を無視できないという解釈に同意出来るでしょう。精神・感情-心の表現型-というものは、脳の働き次第で変化します。

 

脳科学」というフレーズで箔をつけた胡散臭い書籍が氾濫していますが、脳とは本来、生理学(あるいは解剖学か?) の探求領域の1つに過ぎないはずです。今は変なブームに揉まれていますが、本来は伝統的かつオーソドックスな探求対象かと思います。大河ドラマにあわせて特定の時代が注目される様なものですかね。

 

心の背景に脳がある。では脳の先には何があるでしょう?

 

かつて医療の世界には、精神外科という脳に物理的な変化を施し精神疾患を治療する分野がありました。脳切除・神経離断のロボトミー手術が有名です。その功罪は別にして、脳の物理的な変化が人間の心を変化させ得ることを実証した意味は非常に大きいと思います。

 

 

動物実験レベルでは、幼年期の生育環境が脳構造に変化を与え、ストレス耐性に影響を与えることなどが確認されています。人間の症例報告においても、因果関係の有無は未決にしても、脳構造の変化と人格・機能変化の関連性は多数報告されています。

 

アルコール依存症者や薬物中毒者の一部で、脳の萎縮(と人格変化)が認められるのは有名な話です。虐待された子供の研究や戦争後遺症としてのPTSD等も分かり易い事例と言えるでしょう。

 

心には脳と言う物理的な背景があり、その脳はハードウェアであり様々な刺激によって変化する……場合によっては可塑的でなく永続的な不可逆変化になり得る。

 

かなり極端な例を挙げると野生児が有名でしょうか。野生児、幼少期に一定期間非人間的な扱いを受けた子供は、言語機能や人間としての社会性を身に着けることが困難であるという幾つかの事例(臨界説)。

 

認知症アルツハイマー病など、一部の脳疾患は人格を変貌させてしまうことがあります。メカニズムの全貌が未だ解明されていないとは言え、脳構造の変化が心を変化させる事例の1つかと思います。脳の先には科学的な道理があると。

 

専門家でない私には、野生児として報告されている話の中から学術的に信頼のおける事例を選別吟味することは出来ません。脳構造の変化と心(人格や精神)の関係について、具体的な原因を検討することも考察することも難しいです。

 

とは言え、心の実態としての脳が、腕や足と同じ物理的な背景を持った体の一部であることは事実でしょう。

 

創価学会は、「不可能を可能にする信心」と謳い「祈りとして叶わざるなし」と宣伝してきましたが、本当に「不可能を可能にしたか」と言えばNoです。例えば、不老不死のような道理の外にあることを「可能だ」とは言ってきませんでした。死者の復活の様な、呪術的な宗教団体にありがちな主張は排してきました。

 

「不可能を可能にする信心」「祈りとして叶わざるなし」……でも道理には逆らえないよと。それはまぁ当然と言えば当然で(題目10万時間で不老不死とか言い始めたら国権を発動させても排斥する必要がある)、私もおかしなこととは決して思いません。功徳論、本尊幸福製造機説、疾患持ちメンバーへの励まし等は別の話です。御肉芽のことは少し忘れて下さい。

 

人体に関して、これまた極端な例をあげますと、事故や病気等で不可逆的に失ったもの、例えば手術で切り取った臓器が復活する……などということはないわけです。機能として代理が効いたとか、失っても生活レベルに変化が無かったとか、そういう事例は多分にあるだろうけれども。

 

何らかの理由により物理的に欠けてしまった、そういう不可逆的な変化は覆せない。流石の創価学会もそれは認めてきました。

 

創価学会はその様な場合、「馬鹿にされない境涯になる」「祈っていけば結果的に以前より良くなる」「全部意味がある」などと指導してきました。その指導で元気になった人もいるでしょう。逆に苦しくなった人もいるでしょう。ここではその功罪は問いません。

 

現世利益重視で不可能を可能にすると宣伝してきた団体。そんな創価学会ですら、物理法則には従ってきました。道理に逆らう主張はしてきませんでした(御肉芽のことはもう少しだけ忘れて下さい)。創価学会の信心で空中浮遊は出来ません。

 

で、心の話に戻ります。前述したように、心には物理的な背景としての脳があり、脳の物理的な変化は時に不可逆的です。

 

萎縮したり、切除したり、元々欠損していた場合、「心」はどう頑張ってもある一定の範囲から変化しません。それは道理です。

 

創価学会は最低限の道理は認めてきました。死者の復活だとか不老不死だとか、物理法則を無視するような課題を可能とは言ってきませんでした。では「心」はどうでしょう。

 

「心」というものを観測困難な、宇宙生命とか境涯とか九識論とか(九識というターム、日蓮真筆遺文には殆ど存在しない)そういうフィールドに逃がしていませんか?

 

創価学会員の言うところの「ただ心こそ大切なれ」は、どこか非科学的というか、現代科学の隙間に潜みながら無理筋の根性論を日蓮という権威を利用しながら振りまいているだけと言いますか……聞いていて結構怖いのですよ。

 

高さ1mから飛び降りて骨折する人もいれば、無傷な人もいるでしょう。高さ3mならどうか、5mなら、10mなら……100㎞なら?全員亡くなりますよね?心も同じですよ?科学・物理法則に縛られた臓器なのです。

 

無理はいけません。一定以上の強度で無理をさせればどこの誰の心でも壊れます。最高に極端な例をあげると麻薬です。ヘロイン注射を続ければ、どんな聖人君子も強人も紳士淑女も廃人一直線です。信心でどうこう出来る話ではありません。

 

「ただ心こそ大切」。その先には物理的な背景を持った脳があり、道理があります。心は観測可能な領域に、科学のフィールドになりつつあります。どういう意味かというと、題目唱題でどうにも出来ない事例の1つに、条件次第で「心」が加わるということです。

 

それは創価学会にとって、あるいは宗教団体にとって致命傷になり得ると、私は思うのです。信仰「心」が科学的に解明されたならば、観測困難な領域に逃げ込まない限り、宗教という発明が存続する余地は無さそうだと。

 

心が科学的に把握されていく中、宇宙生命、境涯、九識論、前世来世、宿業など観測困難かつ人間を拘束する言葉に逃げ込んだ宗教があったとして、未来に発展の余地があるとも思えません。

 

宗教と心と科学。そんな簡単にケリがつく話ではないと思いますので、また色々考えて記述したいと思います。オチは特に無いです。

会員が創価学会から離れる理由

会員が創価学会から離れるには必ず理由があります。創価学会に魅力を感じなくなったから離れると言えばそれまでですが、創価学会に魅力を感じなくなるには幾つかのパターンがあると思います。

 

今回記事では、私が見てきた&聞いてきた典型パターンを6通り紹介したいと思います。

 

 

1. 会員の振る舞いに幻滅した

おそらく最多ケースです。家族を含め、会員の振る舞いに嫌気がさして離れる人は多いと思います。「教主釈尊の出世の本懐は、人の振る舞いにて候いけるぞ」とは言ったものです。

 

人間関係絡みで離れるケースが最も多く、創価学会に愛着を感じている方にとっては最もつらいパターンのように思います。人付き合いが真摯な人ほど、譲れない部分がぶつかってしまいます。泳ぐ人達には関係ありません。

 

派生形としては、身近な会員との意見の相違に疲れて離れるケースもあります。家族間、友人間等、距離が近いほど疲れます。振る舞いは良い人だけど、意見がすり合わない。これは本当に葛藤し、疲れると思います。

 

振舞いは最低で意見も合わないって?離れるに決まっているだろ。関わりたくないよ。

 

 

2. 信濃町執行部&現場組織の打ち出しに疑問を感じた

公明党の政策・選挙支援含め、組織の打ち出しに疑問を感じて離れる人も多いかと思います。「池田名誉会長とのズレ」を感じて離れる方もこのパターンかと思います。具体的な打ち出し内容、及び打ち出しの姿勢(押し付け感が強い)、その両方が引き金になります。以前も少し指摘しましたが、自公政権以降のやり口に嫌気がさして離れるケースが多いですね。また、人材グループ等での追い込みが嫌になるケースも多々見受けられます。酷い場合は病気になります……

 

 

3. 活動で人生が苦しくなった

説明する必要ないかと思いますが、カツカツに活動して自分の首を絞めるケースです。生真面目な人に多いですね。余暇の時間や休息の時間を削って活動して駄目になるまで頑張ってしまうケースです。「やめたら罰が当たる」みたいな強迫観念が追い込んでしまうこともあります。体を壊して病気になるまで頑張ってしまう人もいるので、苦しくなる前に離脱するのが吉です。

 

 

4. 非会員との交流に触発された

分かり易いのが非会員との結婚。次が出産です。家族を巻き込んでまで創価と繋がりたい……と思う人は一部の活動家に限定されます。何となく創価の家に生まれてたまに会合に出て、学会というものを特に深く考えてこなかったが……という方が非会員との結婚で創価の肩書をどうするかを考え……利より不利の多さを知ると離れます。

 

結婚に限らず、「学会員」という肩書の不都合さを感じて離れる方は多いですね。元々特に熱心に活動していなかった方は、不利益を知れば拘りなく離れるかと思います。

 

結婚で「本尊持ってくのかどうか」「相手方を折伏するかどうか」等口論になって、両親家族と険悪になって離れるケースもありますね。

 

哲学・宗教の話から友人と口論になったり、何となく頼んだ選挙支援で議論になって創価学会公明党を知り……というのも多いですね。交友関係が広い方ほど、学会外の話に触れやすいです。

 

選挙を頼むにしても、ルーチーンで広く浅く頼む人と、他政党の支持者と喧々諤々やる人では会話の濃さ、触発度が違います。他政党の支持者とディスカッションするタイプの人は、状況次第で学会組織との距離を変化させます。

 

 

5. 創価学会の本当の歴史を知ってしまった

完全無欠・清貧潔癖と思っていた創価学会が、金にまみれた不祥事集団と知った時です。幹部のスキャンダルなんかも当てはまりますね。弓谷元男子部長の件は大きな影響があったと思います。NTTドコモ事件しかり。「反創価情報=デマ」というレッテル張り&刷り込みでしのいでいたおかげで、一度確信をもって「知る」と決壊は早いです。

 

 

6. 教義・信仰に疑問を感じた

Twitterでも指摘しましたが、教義問題はボディーブローです。派手なスキャンダルの様に会員を揺さぶることはありませんが、名刀が少しずつ刃こぼれするように、真面目で熱意のある会員からフェードアウトさせていきます。

 

前述した1~5の様々な要因から創価学会や池田名誉会長に疑問を感じたとします。「それでも信仰・御書は正しい」「師弟は絶対」と何とか踏みとどまろうと思った方が、教義上の不備や遺文の真偽、富士の濁流、自語相違を知った時……一気に離れますね。信仰は保っても創価学会からは離れます。

 

 

だいたい典型例としては上記6パターンに分類出来るかと思います。もちろん幾つか複合することもあります。

 

上記以外には、積年の疑問が爆発した、義理立てしていた人(例えば親)が亡くなった(要は義理を果たした)、幹部に楯突いた結果組織から外された等がありますね。